第29話 世界一のお嬢様系Dtuber

 ヒナは、地上に出る。


 汗だくの少女を瞥見し、訝しげに人々は遠巻きに窺いながら通り過ぎていった。


 視る。


 視る、視る、視る……ッ!!


 身体を回して回転する視界、360度、ヒナの両眼は『自分』へと接触してくるであろう脅迫者の姿を探した。


 一分、二分、三分……指定の一時間は、既に過ぎ去っている。


「なんで……ッ!?」


 指定の新宿駅東口。


 場所を指定していた眼鏡の男は姿を見せず、焦燥感が募ったヒナはなりふり構わず、近くのビルの壁面を駆け上がり――七階のオフィスの中で、ぎょっとしているサラリーマンを余所目に、僅かな凹凸に指をかけて姿勢を維持する。


 上から。


 索敵を開始したヒナは、俯角で地上を凝視する。


 125領域レベルを上回る実力者ということは、オドの許容量はかなり多い……現在いまのわたしであれば、一瞬で見分けがつく筈……ということはいない……待ち合わせ場所である新宿駅東口に、お父さんを人質に取っている『敵』は来ていない……。


『ヒナちゃん、スパイ◯ーマンみたいになってる……』

『コレ、通報した方が良いんじゃないの?』

『無駄だろ。今のところ、なんの実害も確認されてないんだから警察は動かない』

『なんか手がかりとかないの?』


 証拠保全を目的に、つけっぱなしの配信にコメントが寄せられる。


 すーっと、ヒナの頭が冷えていく。


 あのモニターブーメランで、大量の深層モンスターを倒した終えた後から、彼女の頭は何時になくクリアで自身が『最適化』されているのを感じていた。


 その冷たく、透明になった頭の中身。


 突き詰めて、突き詰めて、突き詰めて……脳の蓋が開く。


 その瞬間――ヒナの意識は、クロス新宿ビジョンへと飛ぶ。


 次いで、新宿駅東西自由通路の大型デジタルサイネージへ。


 次々と、ヒナの意識は、地上に存在するモニターの間を飛び回り――そのモニターを見つめる人々の視線を感じ、こちらの配信画面をモニター越しに覗いている人たちを逆に覗き込み――最も、オドの痕跡が濃い画面モニターを見つける。


 ニタァッ……と、ヒナは笑む。


「見つけた」


 無意識に技能スキルを発動していたヒナは、遠隔で画面モニターをオド・レーダーへと変化させ、その反射波を持って対象を特定していた。


 どこからともなく。


 飛んできたモニターを両手両足に装着したヒナは、四足獣を思わせる動きで猛烈に駆け始める。


 その両眼は血走っており、力を得た実感に血湧き踊っていた。


 走って走って走って――最高速度へと至った瞬間、それらのモニターはヒナの全身を包むように張り付き、その身体ディスプレイには綺羅びやかなドレスが投影される。


「あぁ、そうか……ッ!!」


 自分自身が纏ったドレスを見下ろし、変態を遂げたヒナは笑った。


「お嬢様とは生まれ持った強者……生まれ持ち、勝ち取り、すべてを得た者……おのが傲慢さで世界を回し、おのしたたかさで睥睨へいげいする……現在いままでのわたしは弱者だった……だから、このドレスを纏う権利はなかった……強くなければ大切な者は守れない……なんで、リトルさんたちがわたしを深層へと連れて行ったのか現在いま……ッ!! 魂で理解した……ッ!!」


 時速80kmの自動車を追い越し、接触した一時停止の標識を捻じ曲げ、更に加速しながら彼女は変じていく。


「わたしは……わたしは強い……現在いまのわたしこそが……否、わたくしこそが……真の……ッ!!」


 超極薄のモニターフィルムが、あたかもブーケのように彼女ヒナの頭へとかぶさり――立派な金髪縦ロールを投影させる。


「世界一の強者ッ!! つまり、世界一のお嬢様系Dtuberッ!!」


 彼女は、笑いながら猛り狂う。


「ぶっ殺しますわ……ッ!!」


 笑いながら。


 ビルの壁面から壁面へと飛び移り、お嬢様言葉を発したヒナは叫ぶ。


「ぶっ殺してやりますわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」






「ムカついてぶん殴っちゃった後なんじゃが」


 失神しているクゥを見下ろし、困った顔でリトルは言った。


「本来であれば、ヒナちゃんがパパさんを助けるべきじゃと思うんじゃよ。そうすることで、こう、パパさんがヒナちゃんの活動を認めるという感動の流れが出来るというか」

「うむ、確かに。このままでは、なんとも始末の悪い結末へと陥るな」

「では、一旦」


 マリフは、目にも止まらぬ速さでヒナの父に手刀を入れる。


 一瞬で、彼は昏倒する。


「パパさんには、協力してもらうとして」


『協力って、双方の同意が必要じゃなかったっけ……?』

『人質、気絶させ始めたけど大丈夫そ???』

『配信始まったと思ったら、明らかにマズい流れが始まってる……』


 無言で。


 マリフが『目』を調節した途端――三邪神の姿は掻き消える。


「とりあえず、我々のことは死角に入るように世界中の人間の『目』を調節しました。まぁ要は、透明人間状態です」

「で、わしが、この眼鏡くんをちょちょっと」


 透明化した触手で、クゥを動かし始めたリトルはサムズアップする。


『クソみてぇな自演で草』

『大丈夫、また、炎上しない???』

『感動ポルノってまさにコレのことだろ』


「完璧じゃ! 後は、ヒナちゃんが来るのを待てば――」


 前方の壁が、勢いよく吹き飛ぶ。


 ぱらぱらとコンクリ片が床に落ち、ぽっかりと空いた穴から空が覗いた。


 三邪神の前に立っているのは、金髪縦ロールを持った綺羅びやかなドレスを着たお嬢様――見覚えのない少女を前に、三邪神は小首を傾げる。


「「「ん?」」」


 謎のお嬢様は、笑いながら掌を構える。


「マリフ、コレ、声は聞こえるんじゃよな? もしもーし?

 お主、どこのどな――」

「死に腐れボケナスがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ですわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 カッと。


 光が瞬いて――廃ビルの一室が弾け飛んだ。

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