第28話 ピンボールで遊ぼう!
「ど、どうしよう、お父さんが……っ!!」
今にも泣き出しそうな顔で。
狼狽えているヒナに向かって、
「ヒナよ、落ち着け。貴様の父親は人質だ。人質としての価値がある間は無事、つまり、一時間という
「……マリフ」
真顔で、リトルはささやく。
「一時間。まともにやったら、ココから新宿駅の東口まで辿り着くのは不可能じゃな?」
「えぇ、無理でしょうね」
カメラ外から。
床を這う形で触手を伸ばしたリトルは、ヒナ、マリフ、セティの視線を集めてから、その先端で『配信用カメラ』を指した。
次いで、その触手は、ヒナたちの足首から伝って背中を通り耳元から出てきて、ぼそぼそとささやき始める。
『配信を監視されとる。山田はわざと泳がされたようじゃな。山田が事情を話してから、電話が来るまでの間にラグはなかったからのう』
次の瞬間。
ヒナたちの『目』に、マリフが発する文字が直接投影される。
『山田は、
ゆっくりと。
動き始めたモンスターの血は、血文字となってセティの代弁を始めた。
『一時間……
『我々が、ヒナたそを抱えて走るのは?』
『無理筋じゃろ。わしらの誰かがヒナちゃんと共に画面から消えた瞬間、直ぐにでも姿を晦ますつもりじゃぞ』
『つまり』
画面外のモニターが光って。
『わたしひとりで、地上に向かうしかないんですね』
ヒナの言葉を伝える。
「ヒナちゃん……」
そこで、リトルは肉声を発する。
心配そうなリトルに対し、微笑んだヒナはふるふると首を振った。
「わたし、ひとりで行きます。大丈夫です。皆さんのお陰で、強くなりましたから。たぶん、上手いことやっつけられると思います。コレ以上、皆さんにご迷惑をかけるわけにはいきませんし、わたしひとりで行ってきます」
「あの父親」
マリフは、苦笑してイヌ耳を動かす。
「貴女の配信の邪魔をしていたんでしょう? 見捨てちゃったらどうです? 相手はプロで、
「わたし、父子家庭なんです」
ぎゅっと。
両手を握り締めて、ヒナは気丈に笑ってみせる。
「お母さん、小さい時に病気で死んじゃって……それから、お父さんとふたりで頑張ってきました……まだ、お父さんの研究が認められてなくて貧乏だった頃……小さい丸テーブルの上で、わたし、チカチカ光る照明の下で歌いながら踊ってました……キラキラ……してたんです……あの時、お父さん笑ってて……」
その当時を思い出したのか。
ヒナは、楽しそうに微笑んで語る。
「お母さんがいなくなってから、ずっと、塞ぎ込んでたお父さんが笑ってくれて……キラキラ、キラキラ……わたし、あの時、光ってたんです……モニター越しに見た素敵なお嬢様みたいに……綺羅びやかなドレスを纏った舞踏会……あのキラキラを……もう一度……もう一度だけ、お父さんに見せてあげたいんです……だから……」
真っ直ぐに。
ヒナは、三邪神を見つめる。
「わたし、行きます」
無言で。
セティは、ヒナの肩を優しく叩いた。
「ヒナ、貴様は素晴らしいDtuberだ」
「えぇ、悪玉の私が吐き気を催すくらいに良いエピソードでしたよ」
「マリフ……こういう時くらい、気持ちよく送り出してやらんか」
微笑を浮かべて、リトルはヒナへと言葉を手向ける。
「ヒナちゃん。ヒナちゃんは、もう、立派なわしらの推しじゃよ。じゃから、わしらは
「リトルさん、セティさん、マリフさん」
深々と。
ヒナは、三邪神へと頭を下げる。
「本当に! ありがとうございました! わたし、行ってきます!」
そして、ヒナは駆け出す。
その背へと、リトルは大きな声で呼びかけた。
「いってらっしゃい、ヒナちゃん!!」
ヒナは笑いながら「いってきます!」と叫び返し――眼鏡の男の肩に手がかかる。
「と、でも」
刹那。
配信を視ていた眼鏡の男の全身に怖気が走り、勢いよく振り向いたその視線の先で――リトルは笑っていた。
「言うと思ったかのう?」
配信画面から。
リトル、セティ、マリフの三邪神が消えている。
眼鏡の男――依頼人には『
「ヒナたそのお父さん、そっちもう焼けてますよ」
「フハッ、食すが良い食すが良い!! 我ら、大盤振る舞いで、業務スーパーよりカルビ肉を持参した!!」
「……はぁ」
いつの間にか。
拘束から解放されている
数秒前まで、配信カメラの先にいたマリフ、セティはヒナの父と歓談している。
「こ、これは……」
理外。
生まれて初めて、混乱を示した
「ど、どういう……?」
「まばたき」
リトルは、笑いながら彼へとささやいた。
「まばたき、したじゃろ?」
震える手で。
「ま、まばたきの合間に……第1246階層から地上まで上がって……ぼ、僕の居所を掴んだ挙げ句、人質まで解放したとでも……あ、有り得ない……そ、そもそも、あ、貴女は、と、藤堂ひなを追いかけて……」
「追いかけて」
貼り付いた笑顔で、リトルは言った。
「追い越した」
「…………」
すっと、リトルの右拳が
「ピンボール」
はっはっと、自身が発した荒い息が
ぶるぶると全身が震えて、その拳の脇から得体の知れないナニかが……ナニかが、うじゅるうじゅると蠢きながら這い出てくる。
「ピンボールで、遊びたいかの?」
「…………」
「頷け」
耳朶へと。
リトルの息がかかる。
「頷け……お主は、わしの推しを
最早。
視界の隅に入るソレは人の形をとっておらず、人間の断末魔をミックスしたかのような不明瞭な言語が交じるようになっていた。
「
ガクガクと。
全身が震えた
猛烈な勢いで弾け飛んだ彼の全身は、天井にブチ当たり壁に直撃し床にめり込み、凄まじい勢いで密室の四方を破壊しながら弾け、吹き飛んだ瓦礫片を超える速度で、幾度も幾度もバウンドしながら線となって――ようやく、止まった。
びくびくと。
痙攣する
「お主、ピンボール玉な!」
与えられたその役割は、当然のように……男の耳に届くことはなかった。
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