第27話 コイツらに喧嘩売っても大丈夫そうですか?

「お父さんが?」


 『山田』と明らかな偽名を名乗った男から、話を聞き終えたヒナは息を呑む。


「え、えぇ、貴女のお父様……『藤堂修二』さんから俺は依頼を受けました。自分は就職に失敗してから、ぶらぶらしてる迷宮探索者でして。迷宮でぶらぶらしてるうちに、領域レベル125になっていて、いつの間にやら何でも屋みたいなことをするように」

「……そこまで、わたしの配信に反対してたなんて」


 ヒナは、悲しげに顔を曇らせる。


『なんだか、えらい話になってきたな』

『親とはいえ、娘の妨害工作するのはどうなのよ』

鷹晶たからジェンヌとの勝負どころじゃなくなってきたね……』


 山田の上げた悲鳴に対する弁明のため、開始していた配信上では『ヒナの家庭事情』に対し同情的なコメントが寄せられていた。


 隣で話を聞いていたセティは、腕組みをしたままヒナに目を向ける。


「気にかかるのは、話に出てきた眼鏡の男だ」

「今度こそ、ヒナちゃんの追っかけという線はないかのう?」


 リトルの疑問に、マリフは首を振って応える。


「いや、むしろ、ヒナたそのパパに雇われた別の専門家という線が濃いんじゃないですか。山田の話を聞く限り、やり口がプロのソレです。そもそも、領域レベル125の人間を容易に制圧出来る人間はそういるものじゃありませんし」

「で、でも、お父さんが、わざわざ別の人を雇う理由がないと思うんです。山田さんの話が確かならば、お父さんは、それとなくわたしの配信を妨害するくらいのことしかしてませんし……領域レベル125以上の実力者を雇い直す必要があるんでしょうか?」


 ヒナの問いかけに、リトルは「うーん」と唸る。


「となると、ヒナちゃんのパパさんではない別の人間かの?」

領域レベル125以上の実力者を雇う目的となると限定されてくる……例えば……暗殺……」


 セティの上げた可能性に、ヒナは目を丸くする。


「あ、暗殺っ!? えっ!?」


『マジで有り得るぞ。領域レベル125以上って相当の実力者だし』

『この短期間で、ヒナちゃんは爆発的に伸びて注目されてるしね』

『でも、今、ヒナが消えて得をする人間なんているか?』


 コメントを読んで、マリフはぶつぶつとつぶやく。


「今、ヒナたそが消えて得をする人間……得をする人間……今……」


 ちらりと。


 マリフは顔を上げて、目が合ったリトルとセティはゆっくりと視線を逸らす。


「「「…………」」」

「ど、どうしたんですか、皆さん? 思い当たる人、いるんですか?」

「い、いや、おらんが? なにが? べ、別に、思い当たってなんかおらんが?」

「ふ、フハッ、そうであるな。思い当たるわけがない。いるわけなかろう、そんな人間」

鷹晶たからジェンヌじゃないですか」


 目を飛び出さんばかりに。


 ぎょっとしたリトルとセティは、発言したマリフを凝視する。


鷹晶たからジェ――」

「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「フハハッ!! ココで、神たる我の一発芸を疲労しよう!! よおく見てい――」

鷹晶たからジェンヌですよ。今、ヒナたそが消えて得をする人間。鷹晶たからジェンヌしかいないじゃないですか」


 化け物を見る目で。


 真顔のリトルとセティは、マリフを見つめる。


『あーあ……』

『はい、炎上です!!』

『マリフ、ホントに終わっとるwww』

『ガチで言っちゃいけないヤツですよ、ソレ!!』

『必死に誤魔化した甲斐かいがなくて草』

『なんで、コイツ、言っちゃいけないこと全部言っちゃうのww』


 いろいろな意味で、大盛り上がりのコメント欄を他所にヒナは声を張り上げる。


「じぇ、ジェンヌさんはそんなことしません!! あ、有り得ないです!! そ、そもそも、ただの勝負事に暗殺なんて持ち出すわけないじゃないですか!!」

「そうじゃ、このおたんこなす!! 謝れ!! ジェンヌちゃんに謝れ!! 今回という今回は堪忍袋の緒が切れおったわ!!」

「言って良いことと悪いことの区別がつかんか!! この蒙昧が!!」

「あー、落ち着いて落ち着いて。感情的にならず、よおく話を聞いてください。私が言ったのは『今、ヒナたそが消えて得をする人間』ですよ。誰も、『眼鏡の男を雇って、ヒナたその暗殺を依頼した人間』が鷹晶たからジェンヌだとは言ってませんから」


 すーっと。


 罵声を浴びせていたリトルたちは静まり返る。


「そもそも、ヒナたそが消えてジェンヌが得をするわけがないんですよ。今回の話は、数字を持ってるジェンヌにとっても美味しいんですから。にもかかわらず、そのことを理解出来ない人間がいる。大量のDtuberを見てきた我々ならばわかるでしょう? 鷹晶たからジェンヌが望んでいなくても、無闇勝手にソレが当人の得になると拡大解釈し、良かれと思って酷いことを仕出かすタイプの人間が」

「よもや」

「そう、そのよもや」


 マリフは、無表情でセティへ答える。


鷹晶たからジェンヌの追っかけファンですよ」


 得心が言ったかのように。


 リトル、セティ、ヒナは、沈黙したまま微動だにしなかった。


「確かに、この山田がヒナたその追っかけファンであるという推測は間違っていた。いつも、ヒナたその配信を見ていたファンがひとりいたらしいですが……さすがに、考えすぎでしたよね。でも、鷹晶たからジェンヌなら。大手事務所『One Point』に所属し、大人気Dtuberとして活動している鷹晶たからジェンヌなら」


 イヌ耳を蠢かし、マリフはささやく。


「十二分に有り得る」

「……マズいの」


 リトルは、苦虫を噛み潰したかのような顔で言った。


「もし、わしが眼鏡の男と同じ立場にいるのであれば――」


 着信。


 ヒナの迷宮探索用の端末に電話がかかってきて――彼女は、受話器を耳に当てた。


『藤堂ひなさんですね?』

「えっ……あ、はい」


 紳士的で柔らかな声で、ヒナが聞いたことのない声音の持ち主は尋ねてくる。


 そして、その後ろから苦しげでくぐもった声が聞こえてきた。


『ひ、ひな……く、来るな……!!』


 その声を聞いた瞬間――ヒナの顔が青ざめる。


『今から一時間後、新宿駅の東口に来てください。すみませんが急いでくださいね、僕、今日は白いシャツでして』


 受話器の向こう側から、申し訳無さそうにその声は言った。


『血で汚したくないんですよ』


 そして、通話が切れる。


 呆然とするヒナの前で、リトルは的中した予測を告げる。


「ヒナちゃんの父親を人質にとる」

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