第24話 モニターめんこ系Dtuber、藤堂ヒナ

 新宿超大規模ダンジョン。


 東京都で、最もポピュラーな『超大規模ダンジョン』と言われているダンジョンである。


 とはいっても、超大規模は超大規模。


 1~50層までの上層から中層には、迷宮順応率を強化し領域レベルを上げるためにDtuberや迷宮探索者が訪れるが、死亡率が大きく上がる100層より下は人気がなく閑散としている。


 ここは、新宿大規模ダンジョンの第215階層。


 人気がないどころか人影ひとつない下層で、ひとりの女の子が両手で顔を覆っていた。


「…………違うんです」


 藤堂ひな。


 キモオタ三邪神の手で拉致された結果、『One Point事務所に殴り込みをかけて、事務所のモニターでめんこしたやべーヤツ』として認知された彼女は、自分がモニターを叩きつける切り抜きを見ながらしくしくと泣き始める。


「あ、あの時のわたしはわたしじゃなかったんです……ほっ、本来のわたしは、もっと大人しくて教室ですみっコぐらししてるタイプの陰キャで……じ、自分を変えたくて、Dtuberの活動を始めただけなんです……」


 必死で訴えるヒナに向けて、キモオタ三邪神の配信を見ている視聴者からコメントが寄せられる。


『モニターめんこ系Dtuber、藤堂ヒナです♡』

『どしたん、話聞こか?』

『マリフとジェンヌのスマホが、物凄い勢いで吹っ飛んだの見て笑ったわwww』

『一時的発狂ってヤツでは???』

『モニター叩きつけた瞬間、地球が爆発するコラ動画見て腹筋が割れた』

『もう二度と、真人間のフリして配信出来なくなっちゃったねぇ……?』

『邪神と一緒に行動してて、SAN値下がらないわけねぇよなぁ?』


 悲しんでいるヒナとは裏腹に、彼女のチャンネル登録者数は、切り抜きが拡散される度に数千単位で増え続けていた。


「ヒナちゃん、セティ、マリフ、聞いて欲しいんじゃが」


 リトルは、真剣な顔をして切り出す。


「お嬢様って……なんじゃ?」

「はぁ!?」


 勢いよく立ち上がったヒナは、充血した両眼でリトルをめつける。


「はぁあああっ!?」


『ガチギレで草』

『ひ、ヒナたそ……?』

『ノアーッ!! はやくきてくれーッ!!』

『ノア来たら、犠牲者増えるだけだろ』


「ヒナたそ、落ち着いてください。コレは重要な問題ですよ」


 マリフが冷静に言葉を投げかけると、ヒナは「ご、ごめんなさい」と謝罪して座る。


 真剣な顔つきで、マリフは人差し指を立てる。


「私たちは、ワンチームです。まず、我々の間で『お嬢様』を定義する必要がある。仲間同士で認識がズレていれば、無用な諍いを招いて混乱し、世界一のお嬢様系Dtuberを目指す前に瓦解する可能性があります」

「マリフの言う通りだ」


 こくりと、セティは首肯する。


「まずは、我らの間で『お嬢様』のイメージを固めるべきだな。緩んだ地盤の上で動けば、足元をすくわれて地獄行きよ」

「まぁ、わしら三柱は、大昔から共にオタク道の研鑽を積んできた仲じゃ。ありとあらゆるアニメ、ゲーム、マンガに精通しているプロフェッショナル……故に、我らのイメージはほぼ共通していると言って良いじゃろう」

「まぁ、腐れ縁というヤツですね」

「フハッ、なれば、我らで同時に『お嬢様といえば』を上げてみるか」


 どことなく照れ臭そうに。


 互いの友情を確かめた三邪神は、見つめ合ってこくりと頷く。


「「「せーのっ!!」」」


 三邪神は、そろって口を開く。


「金髪縦ロール」

「負けヒロイン」

「父親の会社が倒産して借金のカタに売られる」


 無言で。


 見つめ合った三柱は、にっこりと笑って――同時に、互いの顔面に拳が叩き込まれる。


『やめろwww』

『バッラバラで大草原』

『研鑽を積んできた憎しみが如実に表れてて草』

『こんなことで本気で殺し合えるなんて仲が良いなぁ(皮肉)』


 散々、殴り合った後。


 ダンジョンの大半が崩壊し、震えているヒナの前でリトルは罵声を上げる。


「金髪縦ロールじゃろうがァッ!! 金髪縦ロールがないお嬢様なんて、なにも塗ってない食パンと同じじゃろうがァッ!!」

「お嬢様とは、敗けて輝く唯一無二の存在よ!! ギャルゲーで!! 常、端役はやくとして据えられるお嬢様の存在こそが!! 我の胸を高鳴らせる!!」

「お嬢様という地位は、その後の失墜のために用意された前フリなんですよ!! スイカに塩ふるようなもんでしょうがッ!! 散々、偉そうにしていたお嬢様が、かつて下に見ていた相手に跪き恥辱に震える姿こそが、今、この世界に必要なのだとなぜ気づかない!?」


 わーわーわーわー。


 言い合いを始めた三邪神は、数十分後にようやく和解する。


「「「全部、ミックスしよう」」」


 にっこりと笑って、マリフはヒナに笑みを向ける。


「というわけで、ヒナたそ。今から髪型を金髪縦ロールに変えて意中の相手にフラレた後、父親の会社を倒産させてきてくれませんか?」

「殺しますよ?」


『殺しますよwww』

『目が、一切、笑ってなくて大草原』

『強くなったな、ヒナ……』

『コレ、強くなったって言って良いの?』


 うーん、と、リトルは悩み込む。


「まぁ、わしらの思うお嬢様はさておき……やはり、必要なのはインパクトじゃないかの? 相手は、あの鷹晶たからジェンヌじゃぞ。そんじょそこらのテンプレお嬢様では、太刀打ち出来んわ」

「神たる我も、リトルの懸念に賛同しよう。世に溢れるお嬢様を模倣したところで、鷹晶たからジェンヌに勝つなど夢もまた夢よ」

「インパクト……インパクトですか……やはり、お嬢様系Dtuberとしてアピールして、インパクトを出すなら『武器』や『防具』ではないですか」


 リトルは、パチンと指を鳴らす。


「それじゃ、マリフ!! 人外遺物アーティファクトとかいうのがあったじゃろ!! アレでヒナちゃんを武装するんじゃ!!」


 ヒナは、顔いっぱいに期待を浮かべる。


「あ、人外遺物アーティファクト……ゆ、有名なDtuberの方が持ってるヤツですよね……可愛い魔法のステッキとかドレスとか……そ、そういうの憧れます……!」

「フハッ、やはりお嬢様に必要なのはドレスだろう」

「ただのドレスじゃダメじゃぞ!! 盾であり矛!! 防御にも攻撃にも使えるドレスでなければいかん!! かつ、ヒナちゃんの個性を押し出さねば!!」

「ヒナたその個性……あっ!」


 マリフは、満面の笑みを浮かべる。


「最適なものがありますよ。リトル、このダンジョンのドロップテーブルの法則を弄って、こういったものを作れませんか」

「ふむふむ……よぉし、任せい!! コレも、全部、ヒナちゃんのためじゃ!! わしの全力を注ぎ込むんじゃあ!!」


 てきぱきと。


 働き始めた三邪神を見つめ、ヒナは両眼を潤ませる。


「み、皆さん……わたしなんかのために……すみません……!!」

「なぁに言っとるんじゃ、わしらはヒナちゃんの味方をするために来たんじゃぞ」

「然り。我ら、全員、貴様のプロデューサーよ」

「貸しひとつ、ですからね」


 長い下積み時代を思い出したのか。


 ヒナは、うっうっと、嗚咽を漏らして感謝の言葉を捧げる。


「あ、ありがと……ありがとうございます……わ、わたし、お父さんにいつも『なにも出来ないのだから大人しくしていなさい』って言われてて……べ、勉強も運動も苦手で……こ、こんな自分、もう嫌だなって思って……だ、だから、キラキラしたDtuberにあこがれて……で、でも……っ!!」

「良いんじゃよ」


 リトルは、微笑んでヒナの背をそっと撫でる。


「もう良いんじゃ」

「うっ、うっ、う~っ……!!」


 泣き始めたヒナを慰めるため、三邪神はぽんぽんと彼女の肩を優しく叩いた。


『泣いた』

『キモオタ三邪神、なんだかんだ良いヤツらだよな』

『この際だから、鷹晶たからジェンヌに勝って父親を見返してやろうぜ!!』

『応援してる。頑張って』

『最近、涙もろくて困るぜ……』


 温かいコメントが流れる中、ついにヒナ専用の装備が完成する。


 優しい手つきで。


 マリフは、その自信作を、ヒナの両腕、両足、お腹……そして、顔面に取り付ける。


「…………………………」


 それは、PCモニターだった。


 顔面にマスクのように取り付けられたモニターがひとつ、両腕と両足に装着されたモニターがよっつ、お腹にはひときわ大きなウルトラワイドモニターが据えられて、重みで上半身が大きく傾いていた。


「…………………………」


 モニターで全身を覆ったヒナは、無言で立ち尽くす。


「完成しました。コレが、ヒナ専用フルアーマー・モニターです。最近、我々がハマってるガ◯プラとド◯キで売ってる激安モニターをモデルにしました。武器と防具がモニター……モニターめんこ系Dtuberとして、一世を風靡した藤堂ヒナにとって、これ以上ないほどにマッチした装備と言えるでしょう」


 その説明を契機に。


 周囲に沈黙が張り詰め、全員が無言になる。


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


 リモコンを取り出したマリフが電源を入れると、ヒナのお腹のウルトラワイドモニターに『借金のカタに売られたお嬢様のアニメ映像』が流れ始める。


『こ、殺しなさい!!』

「…………………………」

「…………………………」

『わ、わたくしに跪けと言うの!? こ、このわたくしに!?』

「…………………………」

「…………………………」

『く、靴を舐め……舐めます……舐めさせて……いただきますわ……くっ……!!』

「…………………………」

「…………………………」


 すっと、マリフは手を挙げる。


「で? 私に、お礼の言葉は?」


 ヒナの右ストレートモニターが、凄まじい勢いでマリフの顔面を陥没させた。

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