第22話 大量生産、大量消費のお嬢様合戦

 自室に帰ってきた『藤堂ひな』に向かって、リトルは手を挙げる。


「ヒナちゃ~ん! おっすおっす~!」


 普段着姿のヒナは、配信に映っていた金髪ロングヘアではなく、黒髪ショートカットを持つ女の子だった。


 フリル付きのお嬢様衣装ではなく、可愛らしいワンピースに身を包んでいる出で立ちは、ぼんやりとしていて印象が残らない。


 そんな彼女は、目を見開いてリトルを凝視していた。


「…………」


 がちゃりと。


 音を立てて扉を閉め、再度、扉を開けたヒナは悲鳴を上げる。


「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「えっ、なんですか? やかましいこと目覚まし時計の如くなんですが」


 ヒナのベッドに寝転んで、漫画を読んでいたマリフは顔を上げる。


「なっ、なんでいるんですかっ!?」


 黙々と指立て伏せをしていたセティは、リトルとマリフを手で招く。


 三人は、肩を組んで笑顔で言った。


「「「走って来た」」」

「は、Howは聞いてません……ど、どうやって入ったんですか……?」


 無言で。


 セティは、丸ごと外していた窓をめ直し侵入経路を閉じる。


「ヒナちゃん、わしらにDMを送ってくれたじゃろ? 『Dtuberとして人気が出ない』って……相談にのって欲しいってことじゃったし、走って行ける距離じゃったからふらっとやって来たんじゃ」

「は、走って行ける距離じゃ……な、ないですよね……?」

「でも、福島県って地球上にありますからね」

「フハッ、しかり。地に足がつくなら走れるのは世のことわりよ」

「宇宙空間とか走るのめんどいからの~」

「…………」


 青ざめて絶句しているヒナの前で、笑みを浮かべたリトルは親指を立てる。


「わしら、ヒナちゃんの望みはわかっとるから」

「えっ?」

「フハッ、神たる我の庇護下に置かれるが良い。安堵せよ、人草。我は、アーケード版のいにしえよりアイ◯ルマスターをプレイしている」

「はっ?」

「はい、じゃあ、配信始めますね。ぽちー」

「ゔぇっ!?」


 マリフが配信を開始した瞬間、膨大な数のコメントが流れ始める。


『キモオタ三邪神、キタァーッ!!』

『配信間隔空いたから何事かと思ったわ』

『シロー抱き枕エディションのボコリ回、マジで死ぬほど笑ったww』

『アーカイブ、死ぬほど回してたわ! チャンネル、BANされなくて一安心』

『ヴィーが、雑談回で「キモオタ三邪神は天才」って褒めてたよ!』

『この勢いは、マジでぶっ壊れてる』

『人多すぎだろ、配信画面ちょくちょく止まるんだけど(笑)』


 一万、二万、三万……どんどん同接の人数は増えていき、数秒前までほぼ一般人だったヒナは数万人の目に晒される。


『この子が、今回の犠牲者ですか』

『成仏してくれ』

『嗜虐の王、ノアには敵わない』

『ちっこくて可愛いね、学生さん?』

『次は、どこの大手とコラボするかと思えば無名の子とコラボか。マジで読めないな』

『SAN値、高そうな顔してるけど大丈夫そ?』


 コメントが流れる中、目を上に向けたヒナはぴくぴくと痙攣する。


「あ、あはは、コレって夢だ……きゅ、急に、あのキモオタ三邪神さんが会いに来て……は、配信にのってる……ゆ、夢だコレ、絶対……ふふっ……」

「視聴者の皆の衆、この子は藤堂ヒナちゃんと言うてな! わしらに熱いDMを送ってくれたDtuberじゃ! わしらは、これから、このヒナちゃんの人気が出るようにプロデュースしていこうと思っとる!」


『ぉお~! 芽の出ないDtuberのプロデュース回か、面白そうじゃん!』

『嫌な予感しかしないの俺だけ?』

『キモオタ三邪神のプロデュース力が試される!』

『そういや、ノアも自分から地獄行きのチケットを手にしてたな』

『次から次へと大手とコラボして、自分たちのチャンネルを伸ばしていくかと思ったら……キモオタ三邪神、めちゃくちゃ良いヤツじゃん!』

『全部、終わった後に同じセリフが言えるかな?』


 初見と常連が混じっているコメント欄は、称賛半分不安半分で構成されていた。


 そんなことは気にせず、マリフは玩具おもちゃのマイクをヒナに向ける。


「まず、現状を整理しておきたいんですが……どうして、配信中のヒナたそは、お嬢様衣装を着てお嬢様言葉で話してるんですか?」

「えっ、あ、あの、それは……キャラ作りというか……えっと、ふ、ふつうにやってたら伸びないかなって……」

「ヒナちゃんさ~!」


 背中に羽織ったカーディガンの両袖部分を胸の前で結び、プロデューサー巻きをしているマリフは彼女を指差す。


「ずぅぇん、ずぅぇん、それダメね~! まず、前提から間違っちゃってんのよぉ~! 『お嬢様キャラ』って、実は、わかりやすい失敗例なんだよね~!!」

「えっ……そ、そうなんですか?」

「フハッ、然り然り。Dtuberの配信を数百万時間は視聴している我らからすれば、悪手であることが透けて視える。良いか、ヒナ。まず、貴様にはキャラがない。そして、お嬢様キャラは既に使い古されている」


 ぱちぱちと瞬きをしているヒナの前で、リトルはうんうんと頷く。


「お嬢様キャラって、Dtuber業界でも、散々擦られまくって味のしないキャラ付けなんじゃよね。どの箱にも、ひとりくらいはおるし……この業界でも、ありがちなのが『清楚系と名乗って清楚なことをしない』ってギャップを打ち出してくるキャラ付けで、お嬢様キャラはソレをやりやすい筆頭なんじゃけど、あまりにも数が多すぎて人の目を惹かないんじゃよ」

「Dtuberって、そもそもお嬢様キャラは向いてないですよ。二次元のVtuberならまだしも、Dtuberって三次元の存在じゃないですか。下手すりゃ、ただのコスプレしてる間抜け扱いですからね。やるなら徹底的にやらないと。『ですわ』口調が身につかないうちに、配信するべきじゃありませんよ」

「例を挙げれば、One Pointの『鷹晶たからジェンヌ』。あの女の配信は、常に優雅で洗練されており、『華美 or ノット華美』の美意識で判断されていて、ダンジョン内で必ず一度は行われるお茶会は『固有茶界』と呼ばれ人気を博している」

「やるなら、ジェンヌちゃんに勝てるくらいの覚悟を持たんといかんの~」


 ヒナは、ふるふると首を振る。


「む、無理だと思います……あのお嬢様力には近づくことすら出来ません……」


『割とまともなアドバイスしてて草』

『こういう時は、真面目にやるのね』

『良かった……キモオタ三邪神の毒牙にかかって、ノアの次代になる女の子はいなかったんですね』


 カメラの前で。


 もじもじとしていたヒナは、意を決して顔を上げる。


「わ、わたし、やっぱりDtuberの夢を諦めたくありません……き、キモオタ三邪神さんがプロデュースしてくれるなら……が、頑張ります……ど、どんなことでも……乗り越えてみせます……!」


 涙を浮かべて。


 決意表明したヒナを見つめ、キモオタ三邪神は優しく微笑む。


「よう言ったの、ヒナちゃん。今まで辛かったじゃろう。なかなか芽が出ない苦しさは、わしらもよう知っとる」

「フハッ、我らに任せておけ。十全のプロデュースを与えよう」

「柄じゃありませんけどね、お手伝いしますよ」

「み、皆さん……!!」


 嗚咽おえつを漏らしながら。


 ヒナは頭を下げて、大きな声を張り上げる。


「わたし、頑張ります! お嬢様キャラはやめて、新しいキャラでやってい――」

「よぉし!! ジェンヌちゃんに勝って、お嬢様系Dtuberの頂点てっぺんを取りたいというその覚悟!! わしら、しっかり受け取ったんじゃーっ!!」

「………………は?」

「フハッ、くぞ!! ヒナ!!」

「盛り上がってきましたねぇえ!!」


 ひょいっと、脇に抱えられて。


 高速移動に巻き込まれたヒナは経験したことのない速度で連れ去られ、あっという間に東京へと到着する。


 ヒナを小脇に抱えた三邪神は、One Pointの事務所へと辿り着き、アポイントメントの有無を尋ねる受け付けを無視して、階段を駆け上がっていき、会議室の扉を蹴破って大声を張り上げる。


鷹晶たからジェンヌはどこじゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 内側に吹き飛んだ扉が床を転がり、MTG中だった職員は仰天して立ち上がる。


「えっ、キモオタ三邪神!? ど、どういうことですか!?」

「お誘いの通り、面接に来てあげたんですよ~!! 私のアカウントにDM送りましたよねぇ~!? 是非、我が事務所にご所属をって!! 一度、お話出来ませんかって、我々に向かってこび売りましたよねぇ!! その答えがァッ!! コレだァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 マリフは、『One Point』の公式PVを流しているスマホを床に叩きつける。


「フハッ、我ら、おかしな噂を聞きつけてな。どうも、この事務所に『世界一のお嬢様系Dtuber』を自称し、不遜にも己から頂点トップを誇っている鷹晶たからジェンヌなる女がいるとな」

「今日はのぉ~!! その自称、お嬢様にサインをもら――喧嘩を売りに来たんじゃあ!! な~にが、世界一のお嬢様系Dtuberじゃ!! ここにいる藤堂ヒナこそが!!」


 突然、矢面やおもてに立たされたヒナは、絶句したまま立ち尽くす。


「「「世界一のお嬢様系Dtuberだッ!!」」」


 リトルはいそいそと蹴飛ばした扉を直し、マリフは床に落ちたスマホを見下ろして笑う。


「タカラジェンヌだかトウバンジャンだか知りませんが、勝負してもらいましょうか~!? まさか、実家のパリまで逃げ帰るなんて言いませんよね~!?」

「……ふふっ」


 笑い声が聞こえて、場が静まり返る。


 ひとり。


 お耽美なパリ・オートチュールコレクションのドレスに身を包み、中身のないティーカップを啜っていた美少女……鷹晶たからジェンヌは微笑を浮かべる。


「その勝負、Dtuber業界一のお嬢様として、名を馳せているわたくしに受けるメリットはあるのかしら?」

「特にな――」

「特になくても、受けて立ちますわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ばちぃんっと。


 強烈な破裂音を立てて、めんこの如く、白手袋を映したスマホをマリフのスマホに叩きつけたジェンヌは――高らかに、宣戦布告を受け入れた。

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