第21話 ノリで走っていける距離

『で、では、本日も配信を始めます……じゃなくて、始めますわ』


 画面に映るひとりの少女。


 明らかに緊張している彼女は、ふわりとしたロングの金髪ロングヘアをもち、お嬢様然としたフリル付きドレスに身を包んでいる。


 緊張で身を縮こまらせている少女は、小規模ダンジョンの低階層で他のDtuberや観光客に紛れる形で配信を行っていた。


「だ、第一階層のレッドスライムは、こ、氷系のハンドグレネードに弱いので……めっ! めい、迷宮探索ギルドから購入した氷雪擲弾アイスグレネードをつ、使って、た、倒していきますわ……ですわ……」


 ちょこちょことした動きで。


 レッドスライムから動きをとった少女は、自分がカメラにどう映っているのかを確認してから氷雪擲弾アイスグレネードを投げつける。


「あっ……」


 一投目は外れる。


 二投目は標的の表面をかすめ、壁に跳ね返り四方に氷片が飛び散った。


 三投目――ようやく、命中し、レッドスライムはゆっくりと凍りついた。


 ほっと、胸を撫で下ろした彼女は、腰の後ろから取り出した市販のハンマーで氷結したスライムを殴りつけて破壊する。


「や、やりましたわ~!」


 そう言ってから。


 カメラをちらりと確認した彼女は、前髪を弄りながら俯いて爪を噛む。


 それから、慌てて口から爪を出し、取り出した迷宮探索用の端末でコメントを確認して……なにもコメントはなかったのか、うんうんと謎の頷きを繰り返し、カメラに向かってお辞儀してから配信を終了する。


「……で」


 四畳半の自宅アパート。


 マリフのスマホで『藤堂ひな』の配信を見ていたリトルは、親愛なる二邪神に意見を求める。


「どう思うかの?」

「まぁ、伸びませんね。伸びるわけがない。伸びる要素がひとつも見当たらない。同接、たまに1から2、デフォで0とかじゃありませんか」

「可愛らしさはある」

 

 マリフの現実味のある意見に、フォローを入れる形でセティはつぶやく。


 その意見に対し、リトルはうんうんと首肯を返した。


「うん、めんこい。めんこいが、めんこいDtuberは星の数ほどおるからのう」

「そんなこたあ、どうでも良いんですよ。我々が議論を交わすべき点は、どうして、スペシャルな我々が、貴重なバズリ期間を消費して、この旨味ひとつない出し殻みたいなDtuberにむしゃぶりつかなきゃならないんですか」


 一年半の活動期間を終えて、チャンネル登録者数12……バズリ前のキモオタ三邪神を思わせる『藤堂ひな』からの真に迫った相談依頼DMを表示したリトルは、えっへんと胸を張って自信満々に告げる。


「『大いなるバズリには、大いなる責任が伴う』」

「……は?」

「一時的なバズリとはいえ、わしらの人気を活かさにゃ損損ってヤツじゃよ。Dtuber業界を盛り上げていくには、こういった光る原石にも目を向けていかんとな。情けは人の為ならず……わしらが、ノアちゃんにしてもらったことをDtuber業界に返す絶好の機会じゃ」


 無言で。


 外に出ていったマリフは、スッキリとした顔で戻って来る。


「ふふっ、吐き気を催す善良……思わず、大家の部屋で吐いてきましたよ」

「わざわざ、大家さんのところで吐いてくるのはやめんか」

「私、ウォシュレット付きのトイレじゃないと嘔吐感が湧いてこないんですよね」

「ウォシュレットで、嘔吐感にバフかけるヤツ初めて見たわ……」


 至極、最もな二者からの批判に対し、マリフは声を荒げて反駁はんばくする。


「いいですかぁ、あまちゃんリトルちゃぁん!? 我々、キモオタ三邪神は、バズってまもないピヨピヨ雛鳥ですよ!? One Pointという自愛あふれる母鳥のお陰で、どうにかこうにか、Dtuberの頂きへと羽ばたく翼を得たんです!! 調子にのるな調子にぃ!! 配信歴数ヶ月のぺーぺーが、慈善事業なんて三億光年早いんですよ!! このロリコン欲張りセットがッ!!」

「光年は、距離の単位じゃぞ」

「そのエセハリウッドセレブみたいなサングラス外してから物を言え」


 顔を真っ赤にして、マリフは飾り付き耳をぴこぴこ動かす。


「うっせ、ばーか!! ばーか、ばーか!! 私はねぇ、自分が得しないことは大嫌いなんですよ!! 他にも、たくさんすべきことはあるでしょう!? 大手事務所の面接を受けるとか、有名Dtuberとコラボ配信するとか、捨てアカから送られてきた大量のち◯ぽ画像にエモい音楽付けてスライドショーにするとか!!」

「デジタルち◯ぽアルバムは絶対に要らん」

「おぬしのち◯ぽに対する並々ならぬ情熱はなんなんじゃ……」


 その場に座り込んで。


 ふんっと、そっぽを向いたマリフは鼻を鳴らす。


「私は、絶対に協力しませんよ!! 誰がなんと言おうとテコでも動きませんから!! 鉄の信念をもつ私を動かせたら大したもんですよ!! 動かせるもんなら動かしてみてくださ――」

「『藤堂ひな』の父親は高名な迷宮生物学者で、国土迷宮省に太いコネがあるらしいな」


 すくっと、マリフは立ち上がる。

 

「なにぼさっとしてるんですか、とっとと行きますよ!! ひなたそが、我々の救いを求めて震えている姿が目に浮かぶようだ!! なにをモタモタと!! 貴女たちに心はないんですか!?」

「そろそろ、コイツ、殺して良いかの?」


 マリフを半殺しにしてから、リトルとセティは出かける準備を整えた。



 



 小さな男の子が、新幹線の車窓から景色を眺めている。


 どこまでも広がる田園風景、窓に寄りかかっていた彼は、ぼーっとしながら外を見つめ――ゆっくりと目を見開く。


「パパ」

「ん~? まだ、おばあちゃん家にはつかないぞ~?」


 父親の袖を引っ張って、男の子は窓の外を指差す。


「パパ、おそとではしってる人がいるよ! すんご~く、はやい!」

「ハッハッハ、よく、そんなもの見つけられたなぁ。もう、いなくなっちゃっただろ。一瞬で、バイバイだなバイバイ」

「ん~ん、こっちにおててふってるよ」

「ハッハッハ、こっちに手ふってるのかぁ。ハッハッハ、それは凄いなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッン!?」


 窓に貼り付くようにして。


 なめらかな銀髪をもった美少女が、にっこりと笑いながら手を振っている。


 その隣には、腕組みをしている上半身は一切ブレることなく、凄まじい勢いで両足を動かしている筋骨隆々の美青年がいた。


 そのまた隣には、ケモ耳を生やした美女が片手逆立ちの状態で両足を使いお手玉し、その様子を自撮りしながら新幹線と並走していた。


「まってまってまって、パパの理解が置いてけぼりだぞぉ!? 理解が追いつく情報量してない!! こ、コレ、新幹線だろ!? い、意味が!? 意味がわからなっ!? こ、この窓、液晶パネルにでもなってんのか!?」


 きゃっきゃっと。


 笑っている男の子の横で、時速320kmの新幹線と並走している三人は、中国雑技団の如く手を繋ぎ合って輪となり回転しながら走り続ける。


「ママァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! ママァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「なによ、パパ。子どもじゃないんだから、さっきからうるさいわよ」

「に、人間が、三体でドッキングして時速320kmで大車輪してるんだよッ!! 中国雑技団みたいなことしながら、窓に貼り付いて、サブスクサービスでうちの子にアン◯ンマン見せてくる!! どういう仕組みかわからないけど、一瞬だけ静止して空を飛んでるアン◯ンマンの再現みたいなことしてきて怖い!! 生まれて初めて、アン◯ンマンに純粋な恐怖を覚えてる!! ああ!! 窓に!! 窓に!!」

「はぁ?」


 手荷物を整理していた母親は、ちらりと目線を上げて窓の外を確認する。


「なにもいないじゃない」

「……え?」


 こつ然と三人の姿は消えており、男の子は外に向かって手を振った。


「ばいば~い」


 往復の新幹線の料金で、HGのサイコ・ガ◯ダムMk-IIが買えると理解している三邪神は、見知らぬ男の子への精一杯のサービスを終えてから――新幹線を追い越し、『藤堂ひな』が住む福島県へと走って向かっていった。

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