大いなるバズリには、大いなる責任が伴う

第20話 バズリにバズリを重ねて三邪神

 国選迷宮探索者、瀬戸セト獅蝋シロウが完敗した。


 ダンジョン業界を震撼させたそのニュースは、今まで『Dtuberが好きな人間』の耳にしか届いていなかったキモオタ三邪神の名を『ダンジョンに纏わるすべての人間』にまで浸透させ、前回のバズもかくやといった一大センセーションを巻き起こした。


 結果として――


「すみません、一緒に写真撮ってもらってもいいですか~!?」


 キモオタ三邪神は、別格の存在として認知され始めていた。


「……えっ、わし?」


 いつものごとく。


 秋葉原でショッピングを楽しもうと電車に乗ったリトル、セティ、マリフの三邪神は、到着するや否や、ふたり組の女子高校生に声をかけられる。


「はい、お願いします~!! やだ、めっちゃちっちゃい~!!」

「……えっ、わし?」

「リトル、貴様、その問いかけ二度目だぞ」


 女子高校生ふたりに挟まれて。


 笑顔でダブルピースしたリトルは、黄色い歓声を浴びながら写真撮影を済ませる。


「リトルちゃん、ホント可愛い~!!」

「触手で、肩組んでもらってもいいですか~!?」

「あぁ、触手じゃね。もちろん、構わ――触手!? 触手で肩を組む!? 初対面の女子高校生と!?」


 ゴリ押しされる形で。


 本体とはまるで異なる作り物の触手を、女子高校生ふたりの肩にのせたリトルは「きゃあきゃあ」喚いている彼女らとの撮影を終える。


「ありがとうございました~!! ホントに応援してます~!!」

「グッズ化、待ってます~!! わたしの友達、リトルちゃんのアクスタ自作してて~!!」


 混乱しながらも。


 ファンとの対話を終えたリトルは、セティとマリフの元へ戻る。


「HGのサイコ・ガ◯ダムMk-II、予約しに来ただけじゃのに……どうなっとるの?」

「フハッ、わからん。先日のOne Pointとのコラボ配信を見た女が、物珍しさで声をかけてきたのではないか?」

「貴方たちはアホですか」


 全身をブランド品のパチモンで包み。


 ゴミ捨て場から拾ってきたサングラスで、有名人っぽい装いを呈しているマリフは苦笑しながらささやく。


「この灼熱地獄がごとく、熱い視線を感じませんか」

「「…………?」」


 いつの間にか。


 リトルたちを中心に人の輪が出来上がっており、どこか窺うように取り巻いている人だかりは熱視線を向けていた。


「なんじゃあ? こんなとこでイベントでも始まるのかのう?」

「もし、声優のサイン会であれば、神たる我には参加する義務が生じる」

「だ~か~ら~!! 違いますって!! コレ、全部、私たち目当てのいやしいサインねだりの群れですよ!!」

「「はぁ?」」


 リトルとセティは、首を傾げ――


「す、すみません!! さ、サインよろしいですか!?」


 中年の男性が声をかけてくる。


 そのひとりを契機に――


「あ、わたしも!! すみません、わたしも握手してもらえませんか!?」

「プライベートだったらごめんなさい! 三人の写真だけ撮影させてください!」

「あのぉ、うちの子がファンで。この子と、一緒に撮ってもらえますか」


 わーっと、人という人が押し寄せてくる。


「はいはい、列に並んでくださいよ。我々もプライベートですので。オラァッ、そこのガキぃッ!! 誰に断って写真撮ってんだぁ!? ソレ、ネットに上げて、私のインプレ下がったら塩漬けにして地下で保存すんぞゴラァッ!!」


 有名人気取りのマリフが音頭をとって。


 列整理が行われ、次から次へと写真撮影が実施される。


「リトルちゃん~!! ハグさせてください~!! ホント好きぃ~!!」

「セティさんって、事務所とかに所属してないんですか!? えぇ~、ウソぉ~!!」

「マリフさんの写真上げただけで、ボクのアカウント凍結されました!!」


 いつまでも。


 列が途切れることなく、それどころか人の数が増していく。


「ハート? こうかの? えっ、指じゃなくて触手で!? なんで、おぬしら、そんなに触手好きなの!? 日本人の性癖、終わっとらん!?」

「フハッ、確かにアマ◯ミがギャルゲー業界に与えた影響は計り知れんところがある。どれ、特別に、神たるわれが得意とする梨穂子のモノマネを見せてやろう。

 …………し“ゅ“ん”い“ち”ぃ“~!!」

「今度、このムカつく迷宮探索者燃やすので手伝ってください。え? 今の発言、録音した? 消さないと、一族郎党の尻の穴撮影して私のアカウントで垂れ流しますよ」


 どんどん、どんどん。


 人混みの規模は大きくなり、歓声も増えていって、人溜まりの中から伸びた腕が色紙とサインペンを突き出し始める。


「サイン、お願いします~!! サイン~!!」

「リトルちゃぁあ~ん!! こっち見て、リトルちゃぁあ~ん!!」

「やばいやばい!! 本物だって!! アキバ!! 早く来いって!!」


 押し合いへし合い。


 熱狂は高まっていき、甲高い歓声が上がってくる。


「こ、コレは!!」


 創生したエセ触手で、転んだ小さな女の子を回収し、潰れそうになっていた中年男性を救出したリトルは叫ぶ。


「マズくないかのぉ!?」

「ハッハッハ、私を呼びなさい!! 我が名はマリフチョーロ!! 貴方たち、愚民の上に立つ王!! 人の視線、ぎもぢぃい~!!」


 人間お神輿の上に立って。


 ワッショイされているマリフは、天へと拳を突き上げ悦に浸る。


「リトル、マリフ!!」


 サイレンの音。


 やって来たパトカーから、ふたり組の警察官が下りてきて、いち早くセティは判断を下した。


「まずは、ガン◯ラだ!!」

「「応!!」」


 三方向へと。


 跳躍して散らばった三邪神は、ビル壁を駆け上り東京の空を駆け、イエローサブ◯リンで予約を終えてから屋上で合流する。


「ぜ、前回以上に」


 ファンに追いかけ回されていたリトルは、ぜいぜいと息を荒げながら言う。


「バズッとらんか? ゆっくり買い物も出来んかったわ」

「あぁ、まさか我が逃げる立場に陥るとは……なにがどうなっている?」

「えっ、ネット、見てないんですか?」


 マリフはスマホを開き、ネットニュースサイトを開く。


 そこには、国選迷宮探索者の迷惑行為を止めたとして、リトルたちの活躍が好意的に書かれており、コメント欄には『Dtuberを見直した』、『国選のやりたい放題に歯止めをかけた、素晴らしい』、『迷宮観光庁は、彼女らに声をかけるべき』といった絶賛が寄せられている。


 今までの配信コメントとは、まるで異なる層からの称賛……ココに来て、ようやく、リトルとセティは現状を理解する。


「……で」


 そして、リトルは疑問を口にした。


「この国選って……誰じゃ……?」

瀬戸セト獅蝋シロウですよ、瀬戸セト獅蝋シロウ。私と貴女で、抱き枕カバーにパック詰めして黄泉送りにしたじゃないですか」

「はぁ!? アレ、スタッフさんじゃし、殺してもおらんじゃろ!? なんか誤解されとらんか!?」

「黄泉送りは冗談ですが、スタッフじゃなかったのは冗談じゃありませんよ。三番勝負なのに、三番目の勝負をせずに撮影中断になったからおかしいなと思っていましたが……どうにも、シローは、仕込みでもなんでもなかったようです」

「つまり、あの男、本気で斯様かような悪行に及んでいたということか?」


 顎に手を当てて、セティはマリフへ問いかける。


 マリフの代わりに、リトルはセティにツッコミを入れた。


「さすがに、ソレはないじゃろ~!! じゃって、ノアちゃんを足蹴にしとったんじゃぞ~!? 本気でやっとったら、この世に存在しとらんわ~!!」

「まぁ、大分、前々から問題行動を起こしていたようですからね。世間の溜飲を下げる絶好の好機として、我々を利用しわざとボコられたのかもしれません。彼、ノアたそより領域レベルが上ということですし」

「フハッ、詩宝ノアより強いということはあるまい。アレは我らの絶対的な先達として君臨し、我ら若輩の思惑を操作コントロールして、あたかも本気のように思える反応リアクションで配信を盛り上げる剛の者ぞ」

「そうじゃそうじゃ!! わしのノアちゃんより強いわけないじゃろ!! ふたりで内通してたのは間違いないんじゃ!!」

「まぁ、確かに、ノアたそは領域レベルを詐称しているフシがありますからね……演技とはいえカメラの前で土下座までやってのける胆力、彼女が配信に捧げている怪物じみた執念は私ですらぞっとしますよ」


 うんうんと頷きながら、三邪神は、実力の底が視えないノアに改めて感心する。


「それはそれとして、わしら、コレからどうすれば良いんじゃ?」

「それ、それを相談したかったんですよ。見てください、このDMの件数。大手の事務所やら企業やらからのお誘い、有名Dtuberからのコラボ依頼、捨てアカから送られてくる大量のち◯ぽ画像……有名になった実感がわきますねぇ!」

「ち◯ぽで、有名配信者としての自覚芽生えるのヤバくないかの?」

「フハッ、さてはて、神たる我の興ものってきたぞ」


 マリフからスマホを受け取りDMを漁っていたリトルは、動かしていた指を止めて――二柱へと画面を突きつける。


「なにも決まっとらんのなら、コレ、受けてみんかの?」


 リトルの手にある画面を見つめ、セティとマリフは同時に声を上げる。


「「……はぁ?」」


 二柱の反応を眺め、リトルは不敵に口角を上げた。

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