第15話 なぜ笑うんだい? 彼女の配信は立派だよ

 公式放送に、キモオタ三邪神を加えるのはリスクがある。


 しかし、それを上回るメリットがある。


 昨今のキモオタ三邪神の躍進には目を瞠るものがあり、いずれ、その熱が引くにしても少なくとも今ではない。


 そうであれば、この勢いに乗るべきだ。


 そう考えたのは、One Pointを運営する事務所だけではなく、迷宮観光庁国際観光部の職員たちも同じようだった。


 電話をして確認を取っていた職員は、One PointのスタッフにOKサインを出し、突発的に発生したコラボ配信に数分でGOサインが出た。


「わーい、やたー!! またも、ノアちゃんとコラボじゃー!!」


 呑気にリトルは喜んでいるが、実際のところはノーギャラの仕事である。


 事務所に所属しているDtuberであれば、数分の出会い頭の雑談程度ならまだしも、ガッツリと公式放送に乗るような出演、契約書へのサインが交わされぬうちに出演許諾を出すわけもなかった。


 この辺りの自由奔放さは、個人勢の強みであり弱みでもある。


「ギャラ出ないよ、ギャラ。ギャラ出ない。ギャラ。ノーギャラ」


 その弱みにつけ込もうと、ノアは必死で三邪神にノーギャラを吹き込む。


 しかし、リトル、セティ、マリフの興味は既に他所へと映っており、耐水装備万全の立派な自動追尾式カメラを見て感嘆の声を上げていた。


「いやー、すごいのー! やっぱ、One Pointは金もってるのー! あっちにもこっちにも、カメラたくさんでリッチじゃわー!」

「フハッ、画質も比べ物にならんぞ。我のナギサも喜んでおるわ」

「版権に引っかかるんで、さっきから、愛するナギサはモザイクで塗れてますよ」


 画面上だと、いかがわしいなにかを抱えているようにしか視えないセティは、頓着せずに「我のナギサへの愛はモザイクを貫通する」と鼻で笑った。


「はいはい、ちゅーもくちゅーもく!! キモオタ三邪神のオタクら~!!」


 どのカメラに向かって話せば良いかキモオタ三邪神が戸惑っていると、ソンソン・ヴィーが声を張り上げる。


「企画説明すんよ~! 先生の話とヴィーちゃんの美声は聞きなさい~!!」

「「「は~い!!」」」


 良いお返事をして、バチャバチャとキモオタ三邪神は集合する。


「…………」


 濁った眼で、ノアはその背中をめつけていま。


『ひとりだけ真顔のヤツいて草』

『先生!! ノアちゃんが息をしてません!!』

『目ん玉、濁りきってて大草原』

『鬱アニメからオファーが来そう』

『コレが「美」か……』


 ノア虐で盛り上がる視聴者の前で、ヴィーは引き寄せたノアと肩を組みピースする。


「と、いうわけでぇ~!! 今日は、なんと、あの新進気鋭のDtuber『キモオタ三邪神』とのコラボが決まりました~!! コレ、ホントに仕込みじゃないからね!? すごい偶然じゃね? すんごー!! とゆーわけでぇ、はーい、まずは自己紹介からよろぴ~!!」


 水を向けられた瞬間。


 カメラの前に陣取った三邪神は、キレイに横一列に並ぶ。


 一歩、前に出たリトルは、バッ、バッと、凄まじいキレで掌を構えポーズを取る。


「ラノベで学び、アニメで留年! 震撼のキモオタ、ア・リトル・リトル!!」


 一歩、踏み出したセティは、力強い動きで拳を天にき上げポーズを取る。


「Fa◯eは文学、A◯Rは芸術! 怒涛のキモオタ、セティ=スタムレタス!!」


 一歩、前方へ傾いたマリフは、華やかな動きで両手のひらを回転させポーズを取る。


「推しにDM、ブロックは認知! 鮮烈のキモオタ、マリフチョーロ!!」


 並び立った三邪神は、呼吸をそろえて――叫ぶ。


「「「推しあるところ、からになった財布あり!! キモオタ戦隊、ジャシンナンジャー!!」」」


 三邪神の背後から、ぶしゅーっと七色の煙が吹き出す。


 猛烈な勢いで火柱が噴き上がり、爆発が巻き起こって、イベントと勘違いした観光客たちが拍手を送った。


「…………」


 死んだ眼で、真顔のノアは拍手を送る。


『人の放送で好き勝手するのやめろwww』

『特撮ファンはキレて良い』

『なんか走って、爆薬と発煙筒持ってきてなかった……?』

『ポーズ取ってる合間に、物凄い勢いでリトルが走ってったな』

『三人とも、ポーズ取ってる残像だけ残ってて大草原』

『本体、せっせと舞台裏で爆薬の設置と観光客の退避済ませてて草』

『ノアちゃん、思考放棄しないで……』

『笑いすぎて、立ってられなくなったヴィーが半ば水没してるの草なんだよね』

 

「じ、じこしょうかい……あ、ありがとぉ……!!」


 四つん這いになって、爆笑していたヴィーはよろめきながら立ち上がる。


 呼吸を整え整え、彼女は笑みを形作る。


「はい、では、自己紹介も終わったところで~!! 本日の企画を説明していくよ~!! ノアちゃ~?」


 こくりと、ノアは頷いて笑顔で話し始める。


「きょうは、たいへん、うれしいことにきもおたさんじゃしんとのこらぼです」


『ノアちゃん、へなへなで大草原』

『幼児退行起こしてて草なんだ』

『推しが壊れていく配信風景を美しいと感じる俺の心はもうダメだ』

『ノアが壊れれば壊れるほど、マリフだけ炎上するの面白すぎるだろww』


 コメントを読んで、プロの矜持を取り戻したノアの眼に力が戻る。


「……なので、少し企画に変更が入ったよ。元々は、ご褒美のために私とヴィーで三つの課題をクリアしていく方式だったんだけど、キモオタ三邪神が参加してくれたので、ご褒美を巡っての対決方式とすることになりました」

「つ・ま・り、One Point VS キモオタ三邪神ってことでぇ~す!! いぇ~い!!」


『ぉお~!! おもしろそ~!!』

『勝負内容によっては、良い勝負になるんじゃね?』

『初手、ノアとリトルでタイマンして欲しい』

『俺の推しに「死ね」って言うのやめてくんない?』


「で、そのご褒美っていうのは……コレだぁ~!!」


 白い目隠し布がかけられたテーブルが登場し、ヴィーは掛け声と共にその布を取り去る。


 現れたのは、トップDtuber『緋非ひびカノン』が配信内でも用いていた人外遺物アーティファクト――純白の『✕』の杭が付いた手持ち多段式杭打ち機――通称、『十字行白鍵クルスドライバー』である。


「えっ!? うっそ、カノンさんの人外遺物クルス!? コレ良いの!? もう使わないからって譲ってもらったの!? いやいや、ダメでしょ!! オークションに出したら数千万はいくよ!? 良いの!?」

「えっ……ちょっと、コレは……欲しい……!!」


 地元のスイーツかなにか出てくると思っていたところに。


 ヴィーとノアの目標ともいえるトップDtuberが使用していた人外遺物アーティファクトが景品として現れ、両者のやる気が目に見えて上がっていく。


「コレは、敗けるわけにはいかないな。トップ層のDtuberとして、カノンさんに無様な姿は見せられない」


 先ほどまで、死んだ眼をしていたノアの両眼に意志が灯る。


『お~!! 頑張れ~!!』

『この対抗戦は盛り上がる!!』

『ノアちゃん、敗けるな~!!』


「はい、それじゃあ、早速、課題の方を見てい……っ!?」


 課題を読み上げようとした、ヴィーの視線の先で。


 ニチャァと笑みを浮かべたリトルは、ボコボコと全身を波立たせながら、この世界に来た目的ともいえる『最推し』の使用済みグッズを凝視する。


「……わしのじゃ」


 爛々と眼を輝かせて。


 リトルは、真っ赤になった口腔を見せつける。


「わしのじゃわしのじゃわしのじゃわしのじゃ……カノンちゃんのグッズ……もらえるもらえるもらえる……わしわしわし……どんなことをしてでも……ノアちゃんは敵……敵敵敵敵敵……」


 笑いながら。


 笑っていない両眼で、リトルはノアを捉える。


「……敵」


 その瞬間。


 ノアは勢いよく膝をついて、キレイな姿勢で土下座する。


「参りました」


『さっきまでの決意どこいったwww』

『敗けるわけにはいかないって言ってましたよね……?』

『クールビューティー要素どこだよ』

『クールでビューティーな土下座が視えねぇのか』

『一回、無様で辞書引きません?』

『いぇ~い! カノンちゃん見てるぅ~!?』

『今日も、推しの尊厳破壊が捗るなぁ!』

『きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。土下座してるんだぜ。それで』


 ノアの土下座は、当然のように切り抜かれ、あっという間に百万再生を超える。


 彼女のチャンネル登録者数は、一気に跳ね上がり、その無様な姿とは裏腹に「She is best buzama!!」、「Jesus! Fuckin’ beautiful!!」といった賛美コメントが滝のように流れた。


 ノアへの称賛鳴り止まぬ中、キモオタ三邪神はトレンド入りを果たし――放送を見た『緋非ひびカノン』が、マリフの配信開始告知を引用リツイートしたことで――チャンネル登録者数のカウンターは、物凄い勢いで回転し始めていた。

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