第13話 早いとこキモオタ三邪神をNGリストに加えろ
お台場小規模ダンジョンは、『映えスポット』として名高い。
ダンジョン内の光景は、
約0.9~1.4mの深さで、海水が満ちているこの空間は碧色に輝いている。
海水中のオドが一定量を超えた際、光散乱によって碧色に染まり、ましろの海霧を発生させる様は天上の雲海がごとき様相だった。
視界を埋める白い海霧は、発熱している
害らしき害はなく、最大発熱温度も60℃と火傷を発生させる程の熱源でもない。長時間、接触しなければ低温火傷も起こらない程度である。
成分分析、構造解析にもかけられているが、危険らしい危険も見当たらず、その安全性は迷宮官公庁お墨付きだった。
世にも見事な幻想的な空間で、第一層にはほぼモンスターが出ないことから自然のナイトプールとも謳われている。
今日も今日とて、多数の観光客が
昨今、日本政府は観光誘客を促進させている。
先進国の中で、迷宮関連の法律整備において常に後手後手だと一部Dtuberに冷笑されていたことに焦りを感じたのか、新設された『東京迷宮局査察部』によって全国の迷宮に対し査察が入り改めての安全調査が行われた。
その中でも、安全印の『花丸』をもらっているのがお台場小規模ダンジョンである。
日本政府及び東京迷宮局査察部からしてみれば、このダンジョンでの問題は信頼問題に直結する。ようやく、スムーズに運び始めた迷宮観光関連の諸々が白紙に戻りかねない。
そもそも、ダンジョンに一般国民を入れるという判断自体が常識を逸している。
結果的に、日本が最も一般国民へのダンジョン開放が遅れた国となったのは、国民性ともいうべきか。
海外諸国とは異なり、『命の危険にかかわるような場所を一般開放すべきではない』という風潮が根強かったのが原因とされている。
その後、アメリカを中心に『ダンジョンは、政府のものではない』という
長い長い道のりを経て、日本はダンジョンという異常を日常へと変えていった。
それは、導火線の周りで火気作業をするようなものだった。
ようやく、長い年月を使って整えた仮初めの安全神話が崩れるかもしれない。
ダンジョン発生時、多くの国で暴動が起こった。
小規模な小競り合いはあったものの、唯一、政府との軋轢による死人が出なかったのは日本だけである。
後に、各国から称賛された素晴らしい国民性ではあるが。
日本政府が苦慮の末に築き上げた安全神話が崩れれば、
故に、日本政府は、絶対にお台場小規模ダンジョンを始めとした『花丸』を『バツ』に変えてはならないのだ。
お台場小規模ダンジョンでは、
小規模ダンジョンにおいては、過剰とも思える迷宮順応の進んだ精鋭の配置であるが……日本政府が置かれている実情を知ってみれば、実のところ、過剰でもなんでもない当然の措置と言えた。
さらなる観光客の誘致を呼び、国家として安全性をアピールしたい。
その切願ともいえる日本政府並びに迷宮観光庁の願いは、人気Dtuberによるコラボイベントへと繋がっていた。
そう、この日、迷宮観光庁はふたりのDtuberを呼んでいた。
「こんにちは、詩宝ノアです」
ひとりは、詩宝ノア。
かの有名Dtuberユニット、『One Point』のリーダーである。
噂を聞きつけたファンたちが黄色い歓声を上げる中、愛想よく手を振ってファンサービスに努めている。
「は~い、こんちゃ~! ソンソン・ヴィーでぇ~す! 今日は、ノアちゃと迷宮デートと洒落込み~! よろぴ~!!」
もうひとりは、『One Point』に属するメンバー、ソンソン・ヴィー。
派手な色合いのツインテールを持つ少女で、グループ一のおしゃべりとされている。
黒色のワンピース水着を着ている彼女は、ハート型のサングラスを頭にかけ、目の下に耐水性ラメシールを貼り付けていた。
「ねぇ~!? てか、このウェア、ちょ~カワじゃない~!? あのねあのね、コレさ、昨日、ノアちゃと渋谷と新宿と~、原宿行って、足使ってGETしてきたんだけど~……いや、ノアちゃ、最初、スポーツショップ行こうとしてて~! ほんと、ウケんねって! 水着専門店なんてあんのとか言ってて~! ちょっと、ホント、ウけピでしょウけピ~!!」
なにがおかしいのか、ヴィーは腹を抱えて笑う。
ハツラツに笑いながらも、ノアと腕を組んでくっついているあたり仲は良いのだろうが、ノアの顔はしかめっ面になっていた。
「ヴィー、本番中」
「はいはい、おけおけ~。はなまる~。いぇーい、ノアのガチ恋勢見てる~!?」
「やめなさい」
頭にチョップを入れられて、ヴィーは更にげらげらと笑う。
そんな彼女を眺めながら、ノアはため息を吐いた。
「はい、それじゃあ、今日はOne Pointの公式チャンネルからお送りしてます。PRマークついてるからわかると思うけど、今日は案件放送になるからね」
「し・か・もぉ~! ただの案件じゃないからね~! ノアちゃとヴィーちゃんは、ジャパンのガバメントとのコラボになりまぁ~す!」
スタッフから渡された『まさかの迷宮観光庁コラボ!』のフリップを振り回し、ヴィーは茶目っ気あふれるウィンクを飛ばす。
「いや~、ノアちゃ、我々も大きくなったもんだね~! 次は自由の女神像あたりとコラボしたいもんだね~!」
「なにそれ、アメリカ旅行のおねだりしてるつもり?」
「もちのもち~、公式放送第十二回目はアメリカ旅行編でよろぴ~! すたっふぅ~、経費でよろぴね、経費~!!」
「だから、案件だって案件。
ノアは眉間を抑えて、ゆっくりと首を横に振る。
「はい、じゃあ、今日は迷宮観光庁のお姉さんが用意してくれた三つの課題をクリアすれば、ご褒美をもらえるということで……私とヴィーで頑張っていくよ」
「応援、くれくれ~! ヴィーちゃんに愛と勇気をわけてくれ~!」
「じゃあ、早速、最初の課題は――」
「あ~!! ノアちゃんじゃ~!!」
その声を聞いた瞬間。
ノアの全身が硬直する。
見開かれた目玉……その視線の先で、無邪気に少女が手を振っていた。
「お~い、ノアちゃ~ん!! ノアちゃ~ん!!」
「…………」
「えっ、アレ、キモオタ三邪神じゃない? ノアちゃ? 呼んで――」
バシャアンっと、音を立てて。
ノアは正面から倒れて、ゆっくりと水没していく。
「ノアちゃ……?」
「…………」
ヴィーの前で、ノアはぶくぶくと泡を立てながら底へと向かう。
こつんと、その額が水底に当たって――
「えっ、ちょっとまって、ノアちゃ死んだんだけど!! ギャハハハハハハハ!! ま、まって、あ、挨拶されただけで!! アハハハハハハハッ!! お、お腹、痛い!! きゅ、急に倒れ、ギャハハハハハハハ!!」
One Point初の日本政府案件放送は、詩宝ノアによる挨拶失神運動により幕を開けた。
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