第12話 安易なテコ入れは死を招く

 『お台場小規模ダンジョン』。


 東京湾に浮かぶ人口島の真横、浮上している人外遺物アーティファクトで構築されたダンジョンは、お台場から伸びているアクアブリッジを渡って入ることが出来る。


 階層は、たったの五階層。


 棲息しているモンスターも低階層相当で、迷宮順応率の低い一般人でも倒すことが出来ることから初心者ビギナーの探索者向きと言われている。


 更に、このダンジョンは『映えスポット』として名高い。


 そんなこともあってか、迷宮探索ギルドの管理下にあるこのダンジョンは、ほぼ観光地として取り扱われていた。


 アクアブリッジを渡る際に、渡湾許可証と称して2000円のチケットを購入する必要があるものの、『迷宮観光庁』による振興政策によって出入緩和が図られており、領域レベル15以上の迷宮探索者と同伴していれば認可なしでもダンジョンに入ることが出来る。


 迷宮探索者同伴のツアーが常設されており、旗を持ったツアーコンダクターが笑顔で観光客を誘致している姿が見受けられた。


 観光客たちは、全員、水着姿だった。


 物々しい装備を身に着けている者は誰もおらず、ダンジョンに向かう人間とは思えないほどにリラックスしている。


 アクアブリッジ前に作られた有料の更衣室は、人混みで溢れており、多種多様な水着をまとった観光客たちでごった返していた。


 そんな初心者ビギナー向けのダンジョンに、似つかわしくない三柱の邪神の姿。


「今回の配信は、お台場小規模ダンジョンの攻略じゃ!」


 そして、彼女らは全員――


「早くもテコ入れ、水着回ってヤツじゃ~!!」


 水着姿であった。


 ひらひらのフリル付きビスチェとショート丈のボトムを組合せ、麦わら帽子をかぶったリトルはえっへんと胸を張る。


『クソガキ感が凄くてかわいい』

『3秒後には溺れてそう』

『リトルちゃん、水着似合っててよきよき』

『もっと、「えっへん」ください!! 母が危篤なんです!!』


「フハッ」


 リトルの水着姿に対する好意的なコメントが溢れる中、筋肉隆々で引き締まった体躯をもったセティが一歩前に出る。


 メンズサーフパンツを履いたセティは惜しげもなく胸筋を見せびらかし、胸の上を踊るゴールドネックレスをアクセントとしていた。


 そこまで見れば、ただのイケメン披露式であったが――彼は、得意満面で『古◯渚』の抱き枕を抱えていた。


『なんで、抱き枕www』

『CLAN◯ADは人生』

『海水浴に人生持ってくんなよ』

『えっちな胸筋にエロゲヒロインを組合せて最強に思える』

『CLAN◯ADはエロゲーじゃねぇから』


「ほう、知らんのか」


 イケメンの金髪男は、コメントを読んでから髪を掻き上げささやく。


「我は、常にナギサと共にいる」


『知らねぇよwww』

『いちいち、チョイスがちょっと古いのが腹立つww』

『コレもう、インターネット老人会だろ』

『最近、ギャルゲーが衰退してて新作出ないから……』

『ギャルゲーマーの殆どは、ソシャゲのシナリオで飢えをしのいでる説』


 一部の視聴者たちが盛り上がる中、セティの後ろからサングラスをかけた美女が姿を現した。


「…………」


 ケモミミ模様のパレオ水着を纏ったマリフは、腕を組んで遠い彼方を見つめアンニュイなため息を吐く。


『どこで売ってんだ、そんな水着ww』

『胸と股間までケモミミで飾る必要ねぇだろ!!』

『コレが噂の過剰品質ってヤツですか』

『ハリウッド女優みたいな態度なの腹立つ(笑)』

『「一回、バズっただけで大物気取り」のお手本みたいなヤツ来て草』


「早く始めましょうよ……私、この後、撮影あるんですよね」


『ねぇだろ』

『コレが、その撮影だよ』

『最早、炎上芸だろ』

『秒で、ノアにブロックされるのも納得な圧倒的クズ力』


 開始直後から1万人を超えていた視聴者数は、あっという間に2万人を超えて、水着紹介をしている間に3万人超を突破していた。


「ど、どひぇ~! わしらってば、ホンマにバズっとる~!!」

「フハッ、我のナギサも喜んでいるぞ」

「『わしに策がある』とか言っておきながら『水着回はテコ入れ、水着ガチャは集金! ともすれば、わしらも水着配信しかないじゃろ!』は安易さで脳みそ沸騰してるかと思いましたが……まさかの成功のようですね」


 マリフは、順調に伸びていく視聴者数を視て口角を上げる。


 リトルの上げた策は『水着配信』という確かに安易なものだったが、Dtuberの間ではお台場小規模ダンジョンは伸びるという共通認識があり、特に容姿を武器にしているアイドル系Dtuberは必ず一度は配信を行う人気スポットだった。


「さて、水着紹介も終わったことじゃし」


 腰に浮き輪を装着しているリトルは、ゴーグルをかけてサムズアップする。


「早速、お台場小規模ダンジョンに突入じゃ~! 皆の衆、わしらの配信についてこれるか~! ぉお~!!」


『ぉお~!!』

『アクアブリッジのチケット買ってGOだね』

『チケットの買い方大丈夫?』

『付き添いの迷宮探索者は要らないからチケットだけで問題ないと思う』

『わくわく』


 視聴者たちが見守る中。

 リトルたちはアクアブリッジの前を通り越し、ずんずんと歩いていく。


『ん???』

『アクアブリッジ、そっちじゃないよ~!』

『通り過ぎてて草』

『異次元の方向感覚』

『まだ、来たことなかったんじゃない?』

『誰か教えてあげて~!』


 視聴者たちが心配する中。

 リトルたちは安全柵を乗り越えて、東京湾へと綺麗なフォームで飛び込んでいく。


『ん???????』

『えっ、待って』

『どういうこと???』

『そこ飛び込んでいいの???』

『リトルちゃん???』


 視聴者たちが困惑する中。

 猛烈な勢いで、リトルたちはお台場小規模ダンジョンへと泳いでいく。


『リトルちゃん!?!?』

『ありゃぁ~!!』

『泳いでいくの!?』

『いや、確かに、あのチケットは橋を渡るためのものだけども!!』

『初手、犯罪で草』

『スムーズ過ぎて、周りの人、誰も反応出来てねぇww』


 天高く、水しぶきが上がる。


 水中を自走する魚雷のように、凄まじい速さで泳いでいくリトルたちを視て、視聴者たちは『ただのお台場小規模ダンジョン攻略では終わらない』と確信する。


 その期待感からか。


 まだ、ダンジョンに入ってもいない序盤にもかかわらず、キモオタ三邪神の同時接続者数は5万人を超えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る