第10話 人がミームになる瞬間

「頭がおかしい」


 普段、ダンジョン配信の同時接続者数は1~1.5万人。


 雑談配信の同時接続者数は2500~3000人。場合によっては、2000人を割ることもある。


 しゃべるのが苦手な彼女は特にこの落差を意識したことはなかったが、この日、Dtuberユニット『One Point』のリーダーを務める『詩宝ノア』の雑談配信には7万人もの視聴者が集まっていた。


 その理由は、ノア自身にも容易に想像がついた。


 今回の雑談配信のタイトル――『キモオタ三邪神とのコラボについて』が、人を呼んでいるのだ。


『初手、酷い言い草で草』

『死ノア、ずっとトレンドのってたねw』

『キモオタ三邪神の勢い止まらんね』

『「ハレ◯レユカイ」から来ました!』

『ノアのリアクションも相まってすごい面白かったよ!』

『今日、外人も多いね』


「『今日、外人も多いね』。そだね。なんか、英語とか韓国語とか、えーと、コレは何語なんだろ。スパチャの金額、どれくらいもらえたのかわからないな」


 コメントを読み上げて、ノアは礼をつぶやく。


 そして、ぷるぷると震えている己の手を画面に見せた。


「見えるかな、この手。ずっと。ずっと震えてるの。昨日から。チャンネル登録者数、一日で5万人も増えたからね。一日、というか、8時間くらいかな。とにかく、キモオタ三邪神はヤバい。ホントにヤバい」


 はぁーとため息を吐いて。


 ノアは、己の顔を両手で覆った。


「……私、もう、クールキャラやめるわ」


『草』

『キャラとか言っちゃって良いのかよww』

『いや、もう、半ばバレてはいたけどねw』

『喉、カスカスで草』

『キモオタ三邪神とは友達なの?』


「いや、友達じゃない友達じゃない。あのさ、キミ、台風とか地震と友達になれると思う? なれないでしょ? 発言に気をつけてね、殺すぞ?」


『たったの一夜で、物騒になってて草』

『ノアちゃん……?』

『今日、マジですんごくしゃべるね』

『正直、今まで、雑談配信は面白くなかったから良いと思う』

『昨日の配信、見逃したんだけどキモオタ三邪神って何者なの?』


「いや、何者かは誰もわからない。というか理解出来ない。神域の技能スキルどころじゃない。未評価技能スキル技能スキルの複数組合せだと思うんだけど、未評価技能スキルだったら技能スキル発動は禁止されてるからね。たぶん、技能スキルの組合せだと思うけどなにしてるか意味不明」


 手持ちのスマホで。


 迷宮探索ギルドが公開している技能スキルリストを眺めながら、ノアはふるふると首を横に振ってため息を吐く。


「……私、驕ってたわ」


『なに言うかと思ったら(笑)』

『最近、コメ欄荒れてたヤツかな?』

『クソみてぇなまとめサイトに煽られてたからね』

『自信なくす必要ないと思うけどなー』


 出る杭は打たれる、は世の常である。


 どれだけの聖人君子、成功者、達人であろうとも、人間は常識という目には視えない閾値しきいちを超えた人間に悪感情を向ける。


 近年、超一流とも呼び名の高い迷宮探索者に名指しで『才能がある』と褒められたこともあり、ノアはわかりやすく『出る杭』になってしまっており、実際、自身でも増長しているという自覚はあった。


 Dtuberの立ち位置は、今現在、少し難しいところにある。


 未到達階層への到達とその攻略を目指し、企業に属して研究開発の一助となり、『国選』と呼ばれる国家指定の探索者として、新規発見されたダンジョンの探索を主導することもある迷宮探索者とは異なり。


 『遊びでダンジョンに潜っている』と見做されやすいDtuberは、迷宮探索否定派からのわかりやすい的になっているし、配信サービスに疎い高齢者からの受けもめっぽう悪い。


 そんな世評の中、『探索に集中したいから』と配信中のスパチャを読まなかったり、社交辞令や世辞を使いこなせず、誰に対しても自分の意見を曲げることがなかったノアは、Dtuberに対する悪感情の受け皿となることが多かった。


 それが更に、ノアの増長心を生んだ。


 ――私は特別だ、他のDtuberとは違う、だからこんなにも叩かれる。


 大手、中小かかわらず、コラボ依頼はすべて蹴っていた。


 ほぼほぼコメントを拾うこともなく、それでいて、多少ふざけたことを口にしたコメントには細かく注意を入れる。


 昨年まで、2万人を切ったことがなかった同接は、一時的とはいえ四桁まで下がることもあった。


 義務感で行っていた雑談配信ともなれば、更に酷いことになっていた。


 ――どうでも良い。私は『神域』持ちの規格外Dtuberだ


 その驕りは、下層での死を招くことになった。


 そして、命を救われたのだから一回くらいは……という上から目線のコラボ依頼は、未発見モンスターとのハ◯ヒダンスを呼んだ。


 真正面から、鼻面を――へし折られた。


 なんて自分はちっぽけだったのだろうと、ノアはようやく気がついた。


 画面を流れるコメント。


 今まで、ただの文字列にしか視えなかったソレらが、一生懸命に自分を励ましているのを視て――ようやく、己の愚かさを悟った。


「……ごめん」


 両手で顔を覆って、鼻を啜りながらノアは言った。


「私……ホントに自分が凄いと思ってた……今まで、ずっと皆に応援してもらってたのに……ひとりで配信してた……たぶん、私、ずっとDtuberのことをバカにしてた……皆、知ってると思うけど、ある迷宮探索者の人とトラブルになって敗けたのが心に残ってたんだと思う……強い迷宮探索者になって……見返したかったんだと思う……」


 泣くまいと思いながらも。


 嗚咽おえつを漏らし、ノアは頭を下げる。


「調子にのって下層にまで潜って……死にかけて……やっぱり上には上がいるし……あんなに強いのに、キモオタ三邪神の人たちは、ずっと、視聴者の皆を楽しませようとしてて……ごめん……ホントにごめん……」


 涙で潤む瞳で、ノアは画面を見つめる。


『謝れてえらい』

『あんま気にせんで』

『悪いと思ったら、なおしゃあいいよ』

『ノアフレは不滅』

『あんま気にしたことなくてごめんなさい……』

『全俺が泣いた』


 ファンからの温かいコメントを受けて、ノアは微笑んで心を入れ替える。


 一から。


 一から、また、Dtuberとしての活動を頑張ろう。


 彼女は、良き機会をくれたキモオタ三邪神へと心から感謝し――


『初見です! 感動しました、また、キモオタ三邪神とのコラボ確定ですね!』


「………………………………」


 一瞬で真顔になった。


 ノアが泣き始めてから『キモオタ三邪神』の文字列を視て真顔になるまでの流れは、切り抜かれて各国の言語で翻訳され、あっという間に1000万再生を突破した。


 泣き顔から真顔になるまでの流れはネットミームとなり、日本でも『初見コメントに完全敗北した詩宝ノアUC』といったネタ動画が大量に作成され、彼女の人気は不動のものとなっていった。

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