第9話 未到達階層でユカイ

『マリフガードはヤバすぎるwww』

『コレは、さすがに死んだろww』

『悪は去った! 第三部、完!!』

『誰も、失神してるノアちゃんには触れてなくて草』

『人が死んでいく瞬間をはじめてみてしまった』

『マリフの尊い犠牲に、皆で祈りを捧げよう』

『とっとと逃げて~!!』

『コレが、ホントの炎上商法ですか』


 凄まじい勢いで流れるコメント欄。


 未だにコメントの確認方法をよくわかっていないリトルとセティは、眼の前で燃えるマリフを横目に炎でポテチをあぶっていた。


「良い塩梅じゃのう」

「ふむ、ちと火力が強いか」


 この世界にダンジョンが出現した当初、一般人のダンジョン立ち入りが厳しく制限されていた時代。


 政府主導のダンジョン探索によって殆どのモンスターは発見され、迷宮生物学者の手で分布、形態、分類、生態といった基本情報がまとめられた。


 発見されているモンスターには、ほぼすべて学名もつけられている。


 未発見モンスターが発見された場合、過去に命名された種とは別種であるという証明手続きが必要であるため、基本的には論文の発表者=命名者となるが、論文発表時の『対象の一体以上の標本の指定と保存』という条件がネックになりその発表が遅れることが多い。


 植物や昆虫とは異なり、迷宮順応率の低い学者では、迷宮生物モンスターの標本入手が不可能に等しいからである。


 実地調査フィールドワークですら命懸けである。


 基本情報すらまとまっていない未発見モンスターを相手取り、なおかつ、標本に値する状態で捕獲ないし殺害出来るわけもない。


 それゆえに、現在、マリフとポテチを同時に調理しているドラゴンには……現時点では、名前が存在していなかった。


 後に、このドラゴンは、エンシェントドラゴンもしくはマリフ焼きドラゴンと呼ばれることとなる。


 竜の王とも、謳われる存在である。


 そんな彼の熱閃ブレスは、数千℃もの高熱を誇っている。


 当然、人間の身で受ければひとたまりもないが――


「わしって、堅揚げポテトのブラックペッパーが一番好きなんじゃよね」

「我は、ピザポテト」


 人身マリフは耐えていた。


 どころか、ポテチすらも良い塩梅に焼けるだけであった。


「ちょっと、あまりにも酷くありませんか? 急に危ないでしょうが。この受肉体、お気に入りなんですからね」


 燃え盛りながら、マリフは文句を言いつつポテチをつまむ。


 周辺の一部空間を『創世』しているリトルは、マリフ、ポテチ、背後で失神しているノアが受ける温度を調節しながら、持ってきた箸でポテチをつまんでは、むしゃむしゃと食べてクレームを無視する。


 リトルがやっていることは、部屋を扉で区切って、それぞれの部屋にエアコンを導入している……くらいのことであった。


 この世界の一部空間をコピペしてペーストし、熱力学第一法則を弄った世界を創世しているのだ。


 本来、こういった創世や法則の書き換えは、土台となる世界の神や女神による防衛機構プロテクトによって禁止されている。


 禁止されているが……この三邪神は邪神らしく、防衛機構プロテクトを破ることを悪だともなんとも思っておらず、その強力な防衛機構プロテクトを秒で破るほどの強大な力も保持していた。


 そして、ココでようやく。


 エンシェントドラゴンは、自分が相対している相手が――己の理外にある怪物であることを察知した。


 竜の形相が歪む。


 恐怖である。


 強者ゆえの特権が、弱者ゆえの冷遇へと塗り替わる。


 エンシェントドラゴンには眼前の相手が何者であるのか、類推するだけの実力と知能が備わっていた。


 眼の前のソレの中身が――透けて視える。


 瞬間、ぶるぶるとその巨体が揺れ始める。


「あぶっ……あぶっ……あぶぶっ……!!」


 泡である。


 あたかも蟹のように、エンシェントドラゴンは泡を吹いていた。


 ぶくぶくと口角から溢れ出す泡は怯懦で塗れ、ひくひくと痙攣し始めた巨体は戦わずして降参を示している。


 拡大した瞳を上に向けた巨体の竜は、しきりに床と壁に身体を擦り付け始める。


 そしていきなり、泣き始めた。


 咆哮を上げながら泣き始めたドラゴンは、なにを見ているのか、だんだんっと飛び跳ねながら遊び始める。


「リトル」


 その様子を見たセティは、リトルの腰元を指差した。


「はみ出しているぞ」

「ありゃまあ、こりゃ失敬」


 リトルの腰。


 その腰元から、ぬめぬめと、てかついている触手が伸縮しながら這い出て、その触手についている口が金切り声を上げる。


 その声を聞いた瞬間、エンシェントドラゴンは恍惚とした表情でよだれを垂れ流す。


『なにこれ、どうなってんの?』

『また、ポロリしてる……』

『キモオタ三邪神が、やべー技能スキル持ちだってことはわかった』

『三邪神って国選じゃねーの?』

『いや、国選だったらとっくの昔に特定されてる』

『名無しのドラゴンさんぶっ壊れちゃったよ』

『リトルの中身がいっちゃん可愛い』

『強いとかいう次元ではないことはわかりました』

『ノアちゃんすやすやで草』


「あー、マズいですね」


 唯一、専用端末でコメントを見られるようにしていたマリフが、ココに来てようやくコメントを確認する。


「盛り下がってます」

「「なんだとぉ!?」」


 大慌てで、リトルとセティは駆け寄って画面を覗き込む。


「ほ、ほんとじゃ……なんか、コメントがフィーバーしとらん……」

「今のところ、ピークは私を燃やした時みたいですね。リトルが悪いんですよ。ノアたそに失神の演技させた挙げ句、ドラゴンを発狂させるなんて、ものすごく映えない倒し方をするから」

「フハッ、所謂いわゆる、ドン引きというヤツだな」


 責められたリトルは頭を抱える。


「ま、マズいのじゃ~! せっかく、ノアちゃんが頑張ってくれとるというに! ま、マリフ! な、なんか楽しい音楽でもかけて盛り上げんか!」

「楽しい音楽って……ハレ◯レユカイしかありませんよ」

「そ、それじゃ! わしに策がある!!」


 最も危険と謳われる未到達階層に、大音量でハレ◯レユカイが流れ始める。


 ラリっているエンシェントドラゴンを中心にして。


 失神しているノアの前で、配置についたリトル、セティは笑顔を作る。


 そして、始まる。


 リトルの触手によって無理やり動かされたエンシェントドラゴンは、完コピされた振り付けでハレ◯レユカイを踊り始める。


 完全に同期された動きで、リトル、セティもまた踊る。


 エンシェントドラゴンは、ハ◯ヒであった。


 ぴくぴくと痙攣する巨体は、キレッキレの動きで、腰に両手を当ててフリフリとおしりを振っていた。


 セティは、み◯るであった。


 ソロパートで、画面中央に歩いてくるパートも完璧だった。


 音楽に完璧に合わせた動きで、腹筋ムキムキのイケメンは可愛らしく顎の下で拳をくるくるさせていた。


 リトルは長◯であった。


 み◯るソロパートの時、エンシェントドラゴンに肩を持たれて、端の方までトコトコ歩いていくところの再現率は100%であった。


 襲来してきたモンスターたちの悲鳴と臓物が降り注ぐ中。


 ついに、サビへと突入する。


 突然、現れたマリフと失神しているノアも加わり、神がかっているほどにシンクロされた動きで、並び立った五人は左右に人差し指を振る。


 そのタイミングで、ノアは目を覚ます。


 視えない角度から触手で動かされている彼女は、両手のひらを前に出して左右にステップを踏みながら愕然とする。


「なにこれなにこれ!? ちょっと待ってどういうこと!? どういうことどういうことどういうこと!? なにこの音楽なにこの音楽!? ドラゴンが隣で踊ってるのなんなのなんなの!?」


 大混乱の最中。


 キレッキレの動きで、エンシェントドラゴンは片手を腰に当てて、天を指差す最後の決めポーズをとる。


 救いを求めながら、ノアもまたキ◯ンとして両手を広げポーズを決めた。


 全員が全員、ノーミスで踊り切り――コメントが爆発する。


『面白すぎて死ぬwww』

『ラリってるドラゴンと一緒に、ハレ◯レユカイはヤバすぎるだろww』

『キレッキレで草』

『腹痛い、死ぬwwww』

『当然のように完コピなの大草原』

『俺は、コレに「懐かしい」とコメントしていいのか……?』

『絶対に炎上するよコレww』

『最高wwwwもっとやってくれwwww』

『絶対、曲の使用許可とってないからアーカイブ消えるだろ(笑)』

『切り抜き、もう上がってて草ァ!』

『ものすげー拡散されてるww』

『久々に、涙出るほど笑ったわwww』


 この時。


 同時接続者数は30万人を突破し、『キモオタ三邪神』は世界トレンド1位に入り、切り抜かれたショート動画が凄まじい勢いで100万再生に迫って……キモオタ三邪神の配信人生は様変わりしようとしていた。

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