第7話 ノア虐は止まらない

 ガタガタと震えながら、ノアはリトルたちを見つめる。


「お手! お手じゃって!!」


 その視線の先で、リトルたちは三つの犬頭を持つ『サーベラス』と呼ばれるモンスターにお手を仕込んでいた。


 現在、リトルたちがいるのは『新宿超大規模ダンジョン』である。


 ダンジョンには、必ず所在と規模がわかるような名称がついている。


 新宿超大規模ダンジョンは、その名の通り、東京都新宿に存在しているダンジョンのことである。


 東京における『超大規模』は、その区内で最も規模の大きいダンジョンにのみ付けられる名称だった。


 基本的には、超大規模は三桁の階層を超えてなお最深層が判明していないダンジョン、大規模は三桁以内の階層をもつダンジョン、中規模は二桁以内の階層をもつダンジョン、小規模は一桁以内の階層をもつダンジョンとされている。


 いずれも出入りにはDI庁による手続きが必須とされているが、超大規模と大規模ダンジョンについては迷宮探索ギルドにアウトソーシングされておらず、国による維持管理が行われている。


 そのため、DI庁による出入手続きは厳しい。


 特に、最深層が判明していないダンジョンについては、未到達階層へ立ち入る前に検疫検査といった準備対応が必要となるため、その手続きの工程は増えることとなり認可が下りるまでそれなりの時間がかかる。


 超大規模ダンジョンにもなれば、出入管理はそれなりに厳しい目で見られる。


 国家認定を受けている一部の迷宮探索者でなければ、許可申請が下りないので立ち入ることすら難しい。


 死亡届、火葬許可証、住民票の除票、世帯主の変更、健康保険の資格喪失届出、所得税/申告税の申告、死亡時の親族による訴権消滅契約書……死亡時の諸々の手続きについて、事前に代理人に預けた状態で証明書を提出しなければ、許可申請が下りないとはもっぱらの噂である。


 ここまでするにも、当然、それなりの理由がある。


 三桁前後の階層に棲み着く下層モンスターによる死亡率は82.8%……上層での死亡率がほぼ0%に抑えられており、二桁前後の階層であっても死亡率2.7%とされている現状において、三桁前後の階層は『魔の領域』とされ異常なまでに死亡率が跳ね上がるのだ。


 ゆえに、超大規模ダンジョンにおける下層モンスターとの戦闘は文字通り命懸けである。


 まず、助からないと思って戦うべきだとされていた。


「なんで、このバカ犬、いつまでもお手しないんですかね」

「ふむ、小突いてみるか」

「やめんか! 怯えてるじゃろ! 可哀想だとは思わんのか!!」


 だからこそ、超大規模ダンジョンで、下層モンスターにお手を仕込んでいる三邪神は――当然、異常そのものだと認識されていた。


『サーベラスは犬じゃないよ……?』

『なんで、コイツら、下層のモンスターにお手仕込んでんの?』

『ノア、ドン引きで草』

『サーベラス、涙目で可哀想』

『この一頭、捕まえるまでの間に五頭は殺してるからね』

『殺したサーベラス、原型留めてないどころか血痕しか残ってなくて怖いね』

『物理法則って知ってる?』


 チラッチラッと、リトルはノアの様子を窺う。


 目と目が合うと、バッと目を逸らしたリトルは頬を染め人差し指を突き合わせる。


「の、ノアちゃ……あのぉ、もし、よろしければじゃけれども……」


 善意100%で、リトルはノアに呼びかける。


「この犬、撫でてみんかのう……?」

「ひっ……ひぃっ……ひぎぃ……っ!!」


 瞬間、ノアの顔面が恐怖で歪む。


『ノアファンはキレて良い』

『なんて美しい表情なんだ……(恍惚)』

『コラボという名の一方的な虐待』

『もうやめて!! ノアの心は限界よ!!』

『今日この日、俺はノア虐という芸術を知った』

『コラボ依頼したの、ノアからだって話だから仕方ないね……』


 逆らえないと、その表情が物語っていた。


 ぶるぶると震えるその手が、ビクつきながらサーベラスの頭へと伸びる。


 三つの頭のうちのふたつが、ぐるると唸って思わずノアは手を引っ込めるが、じーっと様子を窺っている三邪神の視線を受けてまた伸び始める。


 ゆっくり、ゆっくりと。


 その手は、中央の頭へと伸びていき――唐突に反応した犬頭は、その手を噛み千切ろうとし――顎下から消し飛んだ。


「ひぃぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 またも、血塗れになったノアは腰を抜かす。


 血ひとつ付いていない手刀を払ったセティは、その様子を見下ろし、リトルへと耳打ちをする。


「……よもや、コイツ、我らを恐れていないか?」

「なーにバカ言っとるんじゃあ! ノアちゃんは、すんごーく強いんじゃぞ! 受肉体に慣れてないわしらなんぞ足元にも及ぼんわ! ほれ、アレ、レベルとかいうのが820もあって、スキルなんかも『神域』とかいうのをひとつ持っとるんじゃぞ!」

「そうですよ、セティはアホですねぇ。カメラカメラ、今、配信中なんですから。彼女はプロですよ、リアクション芸くらいはお手の物です」


 笑いながら、マリフはカメラを指差した。


「フハッ、なるほど。だから、我らもウケているのか」

「そういうことじゃ! わしらのあんまり面白くもない素人じみた動きを、ノアちゃんはプロのリアクションで盛り上げてくれとるんじゃぞ! ちったあ、感謝せんか!」


 リトルたちの推測は、ある意味、正解している。


 今まで画面に映っていなかったリトルたちの規格外の実力は、品行方正で不正ひとつしたことおらず、小規模ダンジョンに潜っていた最初期からライブ配信していたがゆえにフェイクを疑われたことのない『詩宝ノア』の反応リアクションによって、ようやく、視聴者側に正しく伝わっていたのだから。


「た、たす……たすけ……!」


 15万人を超えた視聴者が見守る中、腰が抜けたノアは地面を這いずり、必死で出口に向けて手を伸ばしていた。


 その前に、リトルたちが立ちはだかる。


「ノアちゃん」


 大量に発汗し、息を荒げながら、ノアは邪悪な神たちを見上げる。


「撮れ高もあるし……もっと下、行こうかのう……?」

「ひっ……ひっ……ひぃっ……!!」


 涙を溜めた目を大きく見開き、ノアはその形相を歪める。


『もう、やめてあげて……』

『まぁ、コイツらといれば危険性はないから……』

「爆心地と一緒に行動して危険性がないとは?」

『本当の地獄はこれからだ……!』

『「One Point」は、次のリーダー考えといた方が良いぞ』

『ソンソン・ヴィー、SNSで大爆笑してて草』

『エンタメとしては面白すぎるww』

『今後、ノア虐がメインコンテンツになりそう』

『ノアのチャンネル登録者数、跳ね上がってるの可哀想だけど面白い』

『命の恩人への恩返しって言ってたの、なお面白い』

 

 引きずられるようにして。


 必死で助けを求めるノアは、邪神の手で下層へと連れさらわれていった。

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