第6話 バズバズコラボ

 マリフのアカウントで、配信予告を出した直後から。


 リツイート数といいね数はおびただしい数にのぼり、認証バッジがついた著名人からも好意的なリプライが送られてくる。


 一躍、人気者になったア・リトル・リトル、セティ=スタムレタス、マリフチョーロの三邪神は、新宿ダンジョンの上層で、本日のコラボ相手となる大人気Dtuber『詩宝ノア』を待っていた。


 Dtuberとは『DungeonTuber』の略称であり、DungeonTubeと呼ばれる大手ダンジョン配信サイトで配信を行う人を指す。


 日本国内に発生したダンジョンへの立ち入りは、迷宮出入管理庁(通称、DI庁)と呼ばれる行政機関によって管理されているが、出入迷宮管理手続きは日本人でありかつ16歳以上であれば比較的簡易な手続きで完了する。


 しかし、せんの時代はそうであったわけでもない。


 法整備というものは時間のかかるもので、二院制を採用している日本はその傾向が特に強いとされていた。


 以前まで。


 ダンジョンに入れる要件を一般人が満たすのは、まず有り得ないこととされており、自衛隊、考古学者、生物学者、感染症危機管理者といった各専門家がチームを組み長い時間をかけて調査を進めていた。


 一時期は、文化財扱いされていたダンジョンでの撮影許可は、文化庁長官の許可が必要であり専用の様式による申請が必須であった。


 その後、あまりにも数を増したダンジョンの維持管理にかかる工数、費用、諸々を含めた財政的圧迫、ダンジョン内から発見された『人外遺物アーティファクト』の優位性、国の認可が不要でダンジョンに入れる(というより、国が管理出来ていない)発展途上国のGDPの急上昇、迷宮順応と呼ばれる人間の身体機能の底上げに対する軍事利用……そういった目まぐるしい世界規模の変化が、日本という国の有り様を変えていた。


 いつしか、出入迷宮管理手続きは簡易なものへと変わり。


 撮影許可は、市役所の窓口に紙切れ一枚出せば、数日中には承認されるようになり。


 中小規模のダンジョンの維持管理は、迷宮探索ギルドと呼ばれる職能団体へと外部委託アウトソーシングされている。


 今となっては、Dtuberは『法令遵守コンプライアンスで固められた報道機関マスメディアに代わり、ダンジョンの現状を大衆に伝達する有志』として捉えられるようになっていた。


「……ということらしいんじゃあ」


 あまり面白くもないあらましを話し終えて、緊張でカチコチになっているリトルはマリフとセティに目を向ける。


「つまり、ノアちゃんはすんごいということを覚えておくんじゃぞ! リスペクトを忘れるな、リスペクトを!」

「はいはい、わかりましたよ。もう、何回も聞きすぎて、耳から目玉が零れそうです。というか、生ノアはまだですか生ノアは」

「生ノア言うのはやめんか、死ノアの概念を思い出すじゃろうが!」

「そろそろ時間だし、もう、配信始めちゃっても良いですかね。はい、ポチー」

「え? あ、は? ちょっ、待っ――」


 人外遺物アーティファクトが組み込まれ、ダンジョン内からエネルギー源を得ている『自動追尾式撮影ドローン』は、赤いランプを灯してライブ配信を開始する。


 瞬間、画面上の視聴者数は、凄まじい勢いで跳ね上がっていった。


『お、ついに始まったか』

『待ってたぞ、キモオタ三邪神。今期アニメのオススメ教えろや』

『開始数分で同接1万超えてるじゃん、視聴者数エグすぎるわww』

『バズった後の初配信で、いきなり詩宝ノアとコラボとかマジ?』

『本体ポロリ期待してます』

『ケモ耳の話すんなよ、マリフ』

『もう、「キモオタ三邪神」でトレンドのってて草』

『コメントの流れ早すぎる!!』

『ゲーム配信とかはしないの?』

『下層で、視聴者参加型のマリカしようぜ』

『「One Point」ファンも、かなり出張ってきてんなぁ』


 どんどん、どんどん。


 視聴者数のメーターは、回り続けて上昇し続ける。


 あっという間に、同時接続者数は3万を超えて、未だにその上昇速度は留まるところを知らなかった。


「ぎゃ、ぎゃあ! ヤバいんじゃあ! わ、わし、まだ、気持ちの準備が! おげっ! 吐き気してきた! おげぇっ!」


『初手、ゲロとかやはりレベルが違う』

『ノアの前で、今度は嘔吐ですか』

『はよ、きららジャンプして世界崩壊させろや』


 処理が追いついていないのか。


「…………」


 腕組みをしたままセティは固まり、マリフもまた犬耳を動かして押し黙る。


「「「「…………」」」


 無言で。


 三柱は、4万を超えた同時接続者数を見守る。


『画面、固まってない?』

『コイツら、ノープランで配信始めてませんか……?』

『存在が放送事故なのに硬直してどうすんねんww』

『見た目が良いからこのままでもOK』


 大量の脂汗を流しながら、三柱は黙りこくって顔を見合わせる。


 ま、マズい、このままでは視聴者が離れる。


 誰か助けてくれと、そう願った瞬間――足音が聞こえてくる。


「ごめん、時間通りだと思うけど……待たせた?」


 片目が隠れたエアリーショート。


 人外遺物アーティファクトらしき軽装鎧で身を包んだ美少女は、腰に二本の短刀を差しており、すらっとした長身を晒しながら闇の中から現れる。


 詩宝ノア――大人気Dtuberユニット、『One Point』のリーダーである。


 どんな危機に直面しても、平静さを保っているクールビューティーと評判の少女だった。


「お、おんぎゃぁああああああああああああああ!! ほ、ほんまもんのノアちゃんじゃあああああああああああああ!!」


 その場で膝をついたリトルは、両手のひらを擦り合わせながら拝み始める。


『産まれてて草』

『邪神なのに、人間拝んで良いのかよ(笑)』

『さすがノアは、こういう場面でも動じてないね』


 怜悧れいりな表情で、ノアはリトルを見下ろし――ふっと、微笑む。


「わたしのファンなんだってね。ありがと」

「そ、そんそんそんそんそんそん!! お、おそれかしこみかしこみもうす!!」


『なに言ってんだ、コイツ……?』

『限界オタ』

『行動がいちいちおもろいww』


 恐る恐る、リトルはノアの表情を窺う。


「あ、あのぉ、ノアちゃん……わ、わしら、既に配信始めてしもうてて……そ、それで、後でも良いんじゃが……さ、サインとかもらえんかのう……?」

「え? 今? 別に良いけど」

「やったー! わーい! わし、生きてて良かったー!!」


 万歳してから、リトルはノアへサイン色紙とマジックを手渡す。


 髪を掻き上げて。


 ノアは、色紙にサインを書こうとして――手が止まる。


 目にも留まらぬ速さで抜刀を終えたノアは、リトルたちを庇うようにして前に出て、その頭上にそびえる悪魔を見上げた。


 ダンジョンを覆い包むようなその巨体、光を蝕む純黒の肌をもち羊頭をもった不可思議の悪魔はノアたちを見下ろしていた。


「グレーターデーモン……! なんで、下層のモンスターが上層に……ッ!!」


 ノアは、リトルたちに鋭い視線を向ける。


「配信止めて! 一旦、逃げ――」

「なんじゃコイツ。今、サイン書いてもらっとるじゃろうが。横入りすんな、死ね」


 ぶちゅっと、奇怪な音が響き渡った。


 グレーターデーモンの上半身が消し飛び、猛烈な勢いで噴き出した血と臓物がノアへと降り注ぐ。


 その場から、一歩たりとも動かず。


 デコピンで圧縮した空気の塊を飛ばし、一瞬で下層のモンスターを消し去ったリトルは、唖然と見つめるノアからサイン色紙を回収する。


 そして、その手に新しい色紙を持たせた。


「す、すまんのう、ノアちゃん。あの、その、汚れちゃったから、そっちにサインして欲し――」

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


『ガチ悲鳴で草』

『初っ端から面白すぎるww』

『クール……ビューティー……?』

『デコピンで、下層のモンスター消し飛ばしてません?』

『炎上確定』

『ノアちゃんの悲鳴は心に効くなぁ』

『さすが、歌上手いだけはあるね』

『キモオタ三邪神、ガチモンのバケモンじゃんww』


 この瞬間から、数分後。


 同時接続者数は10万を突破し、トレンドには『キモオタ三邪神』と『クールだったビューティー』、そして『死ノア』がのった。

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