幕間 これも龍神のお導き

「報告。白銀塔観測所より、今年から赤魔出現頻度が増加している件について詳細報告を受領。開封しますか?」


「いや、帰ってからにしよう」


「承知。帰還後再び開封確認を行います」


「頼むよ」


 夜。消灯時間も過ぎた深夜であった。

 揺れる飛行馬車の中、帽子を被った一人の男と、それに付き従う灰色髪と黒装束の小柄な女が会話している。


「報告。陛下並びに執事長が今回も多大に心配されておりました。『何度繰り返すのか』と嘆いておいでです。返信要求です」


「返信はしない。向こうも別に期待していないさ」


「返信未了にて報告します」


 帽子の男はふう、とため息をついて姿勢を崩す。女は少し逡巡するが指摘はしなかった。


「報告。フェーカナ島を抜けました。これより登空、三時間ほどで到着予定です」


「そうか。……そろそろいいかな」


 男はその帽子を外す。すると、バサリと金色の腰まで伸びる長髪が姿を現した。


「目的のためとはいえ、やはりこれは窮屈だ」


「疑問。その黄金のおぐしは王家に連なる誇り高き証。なぜお隠しになるのですか」


 男は目を伏せる。整ったかんばせが滲ませる憂いは、その金髪と相まって生きた美術品のようだった。


「目立って仕方ないからね。……僕は別に、この髪は好きじゃない。父も、執事たちも、みんな、僕は好きじゃない」


「……」


「今年の『五千年祭』に出席を、ってせっつかれてるけど……あれ本当に出なきゃいけないのかな。僕はただ兄弟の中でも一番最初に生まれただけ。きっとあの騒ぎの時だって、優秀な弟ならこんな小細工を使わすとも、火焔砲で一発だったんだろうね」


 自嘲気味に男が前に出した手から、ボロボロになった黒い布切れが落ち、金色に燃えて消えていく。それは彼が日中纏っていた黒い外套の燃え滓だった。


「幸い一番守りたい人は後遺症なく仕事に復帰できるそうだし、今回は大丈夫だった——そういえば、面白い子も見つけたんだったな。今度オリーとして行く時、また声をかけてみよう」


「疑問。オリーとは何の名称でしょう」


 女の機械的な声は質問をするときでさえ無機質な調子を崩さない。しかし、男はそれに気を悪くすることはなかった。むしろ上機嫌に、あるいは本当の感情を誤魔化すかのように、大袈裟な調子で自らの額へ手を当てた。


「嗚呼、僕としたことが楽しくてつい口を滑らせてしまったね。内緒にしておくれ。あの島で遊ぶ時の僕の名前さ。長いだろう? 僕の本名は」


「疑問。そうでしょうか、殿下の御名は——」


「よしてくれ。君の優しさは分かってるけど、今はそんな気分じゃない」


 しゃくり、男は林檎によく似た赤い果実を頬張った。

 飛行馬車は進んでいく。

 赤くぎらぎらとした闇の中を、どこまでも。


「それでも、それでもね。この焔で愛だけは貫いてみせるとも」


 欠けた赤い果実を窓越しの光に合わせ、男は目を細める。

 この蒼天大地の夜は血のように赤い。

 今日も、悲しいほど美しく赤祈星は輝いていた。


「嗚呼なんという胸の高鳴り! これも龍神のお導きか——!」




 赤い光に照らされて、ギラリと不敵に笑う男。

 彼の名はオーウェン・G・ルシフェラード。

 王位継承権第一位。

 ルシフェラード王国第一王子である。




「せっかくの縁だ。また、会いに行こう」

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