第二話 セカイを知ろう
カグヤはここに来てから覚えていることを話した。
空から落ちてきたところを、マリーンという女の子に助けてもらったこと。
自分に記憶の欠落があること。
陸地へ送ってもらう最中、骸の龍を操る鬼面の女に襲われたこと。
自分が重傷を負い、気づけばここに保護されていたこと。
ところどころ、ちゃんと伝わったか怪しかった。なぜなら、聞いている最中のアルトの目が信じられないものをみるような色になっていたからだ。
ここにきてから波乱続きで、正直何が正解なのか分かっていないカグヤは、とにかく正確に話すことに努めた。
「……ってところなんだけど」
「そう、ですか。なるほど。ちょっと待ってくださいね」
「おう」
仮にアルトがカグヤの知る現代機器なら、頭上にぐるぐると読み込みマークが表示されているのだろう。眉間を抑えるその表情を見て、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。
「カグヤさんは記憶を失くされていて、この世界のことも全て分からない、という認識で合っていますね?」
「そ、そうだ。そんな感じだ」
(ちょっと違うけど……嘘は言ってないよな)
本当に認めたくはないが、もうここまで来ると、以前高校の後輩に叩き込まれた『異世界もの』と同等の事態に巻き込まれていると考えていいだろう。夢にしては長過ぎるし、負傷が生々し過ぎる。
別の世界からやってきた云々はきっと信じてもらえない。話が無駄にややこしくなりそうなので、記憶喪失で通した方が都合が良さそうだった。嘘ではないし。
「俺、自分の名前以外何も覚えてないからさ、今の話に何かおかしいところあったのかも分かんなくて……」
「最初からおかしいんですよ」
「話し始めからすごい顔してたもんな」
「ええ。ほぼ全員が貴方の話を嘘だと思うでしょう。でも、
「その限界境域ってなんなんだ?」
「そこからですか……まあそうだろうとは思ってました」
アルトは椅子を持ってきて、カグヤのいるベッドの横に座った。この話は長くなるのかもしれない。
「まず、この
窓の外を見れば、水平線に浮かぶ白い塔が見えた。相変わらず最上階がどこか分からないほど果てしなく上へ伸びている。
「あれ、白銀塔っていうのか」
「はい。あの塔を中心に海があり、それを囲むように陸地はできています。大きく分けて二つ。西のルシフェラード王国と、東のラズワド帝国です。この場所はルシフェラード王国の領地にあります。ここまではわかりますか?」
「ああ」
カグヤはチョコが半分かかったドーナツを連想する。ドーナツが東西に国に分かれた陸地で、中央の穴に海、さらにその中心に塔が建っているのだろう。
「基本的に、塔周辺の
「え?」
「そんな白銀海域と安全地帯との境目……それが限界境域。僕たちの生存限界端です。貴方はそこに防魔具も無し、ボロ切れ一枚しか纏っていない状態で倒れていました」
「……」
「貴方の話を信じるなら……。貴方はその白銀海域上空で目を覚まして、少女と会話をしたり戦闘に遭遇した後、白銀海域側から限界境域までやってきたということでしたが」
「……」
「正直、なぜ貴方がこうして生きて僕とハッキリとした会話ができているのか、不思議でなりません」
ここまでたっぷり話を聞いてきたカグヤは、震える声で一言。
「……俺、おかしい……?」
「はい」
「俺どうなってんだ!?」
「こっちのセリフですけどね!」
まったく、とこぼしたアルトは浮かせた腰を椅子に下ろして座り直した。
「また、一般常識の範囲かつ、先ほどの貴方の話と関係するのでこれもお教えしましょう。白銀塔を語る上で、欠かせないものが二つあります」
「まだあるのか?」
「いいから聞きなさい。——それは《塔の魔女》と《赤魔》です」
「!」
「一つ目は……とても信じ難いことですが、貴方を助けたというマリーンさんは、塔の魔女を自称していたんですよね?」
「ああ。でも普通の優しい子っていうか、恐ろしい感じはしなかったぞ」
「塔の魔女というのは、
「確かにすごい威力の魔法をバンバン出して戦ってたな……」
「目撃例は観測開始から過去二千年間でも数えるほどしか——確か最新の記述でも五百年前。第三次赤魔侵攻時に境域近くで姿を確認されたというものだったはずです」
「な、なんじゃそりゃ……」
聞き慣れない歴史用語がどんどん飛び出してきて、話のスケールが大きくなっていく。カグヤは天を仰いだ。
マリーンは見たところカグヤとほぼ同い年の少女だと思っていたが、一体いつから生きているのだろうか。そんな彼女は、なぜカグヤにあんなに心を砕いてくれたのだろうか——。
「そして《赤魔》。これは白銀塔を中心に分布する、赤い角を持った魔物たちの総称です。彼らは塔の高層から降りてきており、塔の魔女がそれらの拡散を押し留めているとされています。しかしそれでも時々限界境域を抜け、国に被害をもたらす輩もいます」
「そういや、さっき俺が赤魔だどうだとか言ってたな」
「赤魔は獣型から魚型まで多様ですが、人型は未だ観測されたことはありません。しかし貴方の様子がどうにも常人離れしていることを加味し、新種の赤魔だった場合に備えていました。検査の結果、ヒト族と分かりましたが……それでもその異常なマナ耐性の説明にはなっていません。それにしても、素晴らしいですね」
「んあ?」
歴史の教師のようだったアルトの目が急に研究者の爛々としたそれになる。ぞわ、とカグヤの背筋に悪寒が走った。
「まさに貴方は未知の塊。是非とも調べさせていただきたいものです……!」
「おいなんだ急に!」
「手荒な真似は致しませんとも。しかし、ここは国に生きる人々の安全のため、白銀塔に関する情報を蓄え続ける観測所。先ほどまでは警戒が最優先でしたが、貴方にほぼ害意はないとわかった以上、こんなに情報を蓄えた未知を放っておけるはずがない。貴方が遭遇したという骸の龍と鬼面の女についても詳細に情報を出していただきたいところです。身体のマナ耐性の仕組みの解明も急務——」
「おい、その顔なんか嫌だ。こっちに来るな、やめろ落ち着け!」
目を輝かせたアルトが近づいてくるので必死に拒否。マッドサイエンティストという言葉がカグヤの脳裏をよぎる。シンプルに怖かった。カグヤは彼を常識人だと思っていたのだが、考えを改めるべきかもしれなかった。
——閑話休題。
「こほん、失敬。未知のものについて考え始めると止まらなくなる悪癖が。……この世界の仕組みの一部について、説明はこんなところです。質問はありますか?」
単眼鏡のズレを直し、アルトが尋ねる。カグヤは唸った後に、「あ」と手を挙げた。
「質問。白銀海域って海全体なのか?」
「いいえ。塔を中心に広がっていますが、それは海の三割ほど。全体を覆い隠す大きさではありません。人や物資の行き交う港や漁業も盛んです」
「でも俺、浜辺で見つかったんだよな。マリーンが白銀海域から出られないってんならどうやって運ばれたんだ?」
「おや、よく話を理解できていますね。その理由はこの観測所の立地にあります。……部屋で長々と説明を聞くのも少し退屈になってきたでしょう?」
アルトは立ち上がり、カグヤを部屋の外へ促した。
「実際に外に出て、展望台で続きを話しましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます