(異世界百合)エミリアの孤独 #2





「ときにリーリエ、」

「なんです、エミリア様?」


 エミリアはふとんを口元までかける。

「やっぱりこのベッド、大きすぎないか?」「あら、こんなにゴロゴロできるのに♪」


 楽しそうに頬をゆるめて、じゃれるように転がるリーリエ。


 大きければ大きいほどベッドは豪華であるということのようだが、見た目だけ切り取ればちびっ子のエミリアにとって、毎夜のこと落ち着かない睡眠環境だった。


 若干寂しいというか。


「ベッドをお替えになっては?」

「っ、添い寝してくれれば、寝られるから……」

「あらあら、甘えんぼさんですのね♪」

 呟けば、ぎゅっと抱きしめられる。

 ――全てを赦すような、柔らかいぬくもり。


「いつ妻にしてくださってもかまわないのですよ♪」

「ッ、き、妃など娶るわけがなかろう!」


 かぁっ、と上がった熱につい語気が強まって。

 ぴったりとくっつく大人っぽい香りと感触に、ぞぞっとヘンな気持ちがせり上がってくる。まるで心を見透かすかのように、リーリエは『ぎゅ〜っ……♡』と距離を縮めてきた。


(リーリエかわいい無理えっちしたいえっちしたいえっちしたいえっt)

「何かおっしゃいました?」

「へっ!? なななナニも!?」

 覗き込むリーリエ。洗髪剤シャンプーの匂いか甘い香りが鼻腔をくすぐって。柳のような髪がこちらの首元を流れる。さわさわとしてくすぐったい。


「エミリア様、」

リーリエは囁く。

「悪い秘書だと、お叱りにならないのですか?」

「……別に、」

「別に?」

 尋ね返すリーリエ。エミリアは頬を掻く。

「……悪いことは、してなかろう。頼んだのは、余だし」

「っ、あははっ! そうですね、余ですもんねー」

 距離感近く、頬をすり寄せてきた。


(酔っておるのか、こやつ!?)

 何かあったときにハラスメントにならないか心配だ。


 もっともリーリエからも『エミリア様の子どもがほしいです♡』とDNAをドレインされかけたこともあるので、どっちもどっちではあるのだ。形はどうあれ女帝が秘書を孕ませたなどとあったら大騒ぎだ。責任の取り方などわかったものではない。



 すりすり。

「エミリアさまぁ……♡」

 耳朶をくすぐる蕩けるような声が、きゅん、と奥を疼かせる。


 魔王なのに、女の子にさせられて。


「……ぅ〜、、落ち着かぬ。。」


 エミリアはその場所を服越しに押さえて独り言ちる。

 ――それを聞き逃すリーリエではない。


 刹那、リーリエは身を乗り出すと、

「――ちゅ♡」

「――っ!? なっ、、なぁ・・・・!?」


 濡れた口元が触れて、エミリアは振り返る。


「あは、エミリア様、顔真っ赤♡」(ほっぺつんつん♡)

「た、たわけるでないわ!そんな情けない姿など……っ」

「とか言って?」

「や、やめっ、あ――んん……っ」」

 ぎゅ、と包むようなハグとともに唇をさらうように奪われれば。

 はー、はー……と荒い息が漏れる。


 ――彼女を求めずに、いられなくなる。



「――て、ほしい」

 しかし声にならずに。

「ちゃんとご命令ください?」

「……っ!」

 余裕を見せる秘書とは裏腹、エミリアはシーツを握りしめる。


「――慰めて、ほしい。。」

「――ふーん?」

 聞き届けたリーリエはふっと悪戯に笑む。


 かたやのエミリア。

 ――ダメなのに、こんなこと。

 けれど、くっと顎に手を添えられれば――


「んふっ。泣いてるお顔も素敵……♪」

「ぅ、うるぢゃい……ばが……」

 エミリアは睨みつけて悪態をつく。

 リーリエの愛おしげなまなざしがぞわりと心を波立たせる。


 瞬間、リーリエは苦笑して。

「な、なぜ笑う!?」

 エミリアは不服げに抗議する。リーリエは肩を揺らし、目尻の涙を拭って呼吸を整える。

「っ、だって、あまりにもお顔がキス待ちだったから」

「なッ――!?」

 ぼっと顔から火が出る。えっ、のキス待ちわかりやすすぎ……!?

「いいですよ、エミリア様♪添い寝、だもんね?」

 これも添い寝。だから問題ない。

「ちゃんと寝られるように、鎮めてあげなくちゃ。だよね、?」

「う、うん……っ」

 おずおずと上目で見れば、翠色すいしょくの髪をそっと梳かれる。――期待してる自分がいる。こんなこといけないのに……。


 そんな顔色を察してか。

 リーリエは小さく苦笑を浮かべ、エミリアの頬をなでる。

「……いつかエミリア様に、ちゃんとした形で。この胸の内、包み隠さず……お伝え申し上げるつもりです」

「……」

 黙するエミリア。しかしリーリエは、花咲くように。

「でも今は、秘書にございますから。――勘違いしないように、務めさせていただきますね」


 さっき少しだけ、その関係が揺らいだことに。

 エミリアもリーリエも気付かないふりで、目線を交わす。


「その、なんだ。もう……」

「?」

 ぎゅ、と袖口を掴む。

 きょとんとするリーリエ。エミリアはおずおずと口を開く。


「――いれて、ほしい」

 涙目で見上げれば、


「――御意のままに……♪」

 リーリエはそっと唇を重ねてくる。


 目を閉じるエミリア。愛でられるままに、彼女へと身体を預ける。

 やがて、秘書の手が腰、その下へと下りていって。


「……わたくしには、れられないので?」

 ふと、リーリエは尋ねる。


「……それは、妃にしてからじゃ。色々根回ししておるから……そしたら、」


 ぼそぼそ、と続けるエミリア。

 遅れてその意味を理解したリーリエは――瞬間目を丸くして、はっと目を潤ませる。


「っ、エミリー……っ!」

「ちょ、早い! 落ち着け、まだ……ッ」

「――はッ、わたくしとしたことが……」

「と、とにかく。……まぁなんだ、きもちくして?」

「うわ、いきなり雑〜」

 不満げに頬をむっと膨らませるリーリエ。

 気恥ずかしくて空気を戻そうとしたのだけれど、失敗したみたい……?


「怒りましたよ、エミリア様。いじめて差し上げます」


 悪戯めいた表情、瞬間くすぐるように触れながら唇を重ねてきて。


 濡れた部分がぴちゃ、と水音を立てる。

 儚い吐息が零れる。

 ――せつなさがこみ上げて、ぴくっ、と悶える。


 繰り返す訪れを、小さな身体で受け止めるエミリア。

「エミリア様、」耳元でそっと囁けば、

 言葉もなく、エミリアは口付ける。

(もっともっと気持ちよくなって)

 リーリエは夢中にキスをするエミリアをそっと抱き寄せる。

 お腹に近いざらざらをなぞるたびに、口の中で舌を絡めるごとに。

 きゅん、とナカが生き物みたいに動いて、リーリエは愛おしく、エミリアをリードするのであった。



 ふとリーリエが揶揄うように告げる。


「――エミリア様がお妃様のほうがいいのではなくて……?」


 その問いに、エミリアは『はっ』と顔を上げる。


「――のこと愛してくれる? リーリエ……?」

「え、」

 答えるエミリア。

 窮するリーリエ。


「――決めた。リーリエが王様。あたしがお嫁に行きます」

「えええエミリアさま!?」

「明日すぐに閣僚と議連に伝えるから。リーリエ、ううん、リーリエさまもお義父様に伝えて?」


 エミリアあたしリーリエ御息女の妻になると。


「もう夜伽にしちゃお。ね、リーリエさま。それともぉ、あたしじゃイヤ……?」

 ものすごい背徳感。さっきまで、いや厳密には今なお、職場の女上司なんですけど。しかも国家元首の。


 しかしリーリエわたくしも軍人の娘。

 もともとは自ら言い出したこと。一度決めた覚悟に二言はない。

「わかりました、エミリア様。――いいえ、エミリー。あなたを妻に迎えます。……よろしいですね?」

 恭しく告げれば、かくて花嫁となりしエミリア嬢は、ひしとリーリエに腕を回してその胸に頬を寄せる。


「……在位の間に、やらなくちゃいけないことがあるわ」

「?」

「――遺伝子をドレインしての懐妊を合法に……」

「あ、」いや。その点は議論せねばなるまい。

「ねぇリーリエさま、男の子と女の子、どっちがほしい?」

 しかし議論などすっ飛ばして、エミリアはリーリエの手を握って瞳を輝かせる。

 ――紅玉ルビーのような、褪せることを知らない緋の瞳。


「……今度の日曜、どっか空いてる?」

「えっ、――あぁ、夜は会食がありますがほかはございません」

 一瞬で飲み込んでリーリエは答える。だが彼女の油断もだ。そんな甘えた表情で尋ねられて、いきなり仕事モードは無理がある。


「――けじめ、つけにいくから」

 沈んだようにも、決然としたようにも見える表情で、エミリアは告げる。

 その表情から何かを、リーリエは探そうと窺って。

「――明日、ちゃんと話すから。今は愛し合お……?」

 引っかかりを残しつつ。

 でもリーリエも、エミリアを信じて。

 今は忘れようと一つ頷き、許婚をその胸に抱き締めた。

 

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