第47話

「お茶どうぞ。先輩」

 タマミがそわそわしながら先輩達にお茶を運んでいる。

「いつもありがとうタマちゃん。熱っ!」

 ユメも心ここにあらずなのか、お茶でやけどしそうになった。

「大丈夫ですか? でも先輩遅いですね……」

「え、先輩? ああ、ミラのこと? 確かに遅いわね」

 ユメは、タマミが誰のことを言っているかわかっていたが、照れてはぐらかした。

「違いますよ。ミラ先輩は今日もまだお休みのようです。そうじゃなくて、カズ先輩ですよ! いやぁ、ご無事でよかったです~」

「何をそんなに大騒ぎしてますの? インフルエンザなんて珍しくないでしょう」

 そう言いながら、サヤカはいつもより手鏡を見る回数が多いようだった。

 そのとき――扉を開けてカズアキとタカノリが入ってきた――。


「みんなごめん! 心配かけました!」

「うわ~! 先輩!」

 一番にタマミが駆け付け、腕を組んで喜んでいる。

「タマちゃんは、だんだんとBL度が増してきてるな……」

 タカノリはタマミを見て呆れている。

「まあ、大事でなくて良かったですわ。おかえりなさい」

「サヤカ、ありがとう。ユメも……いろいろとありがとね」

「ほんとに……部長に心配させるんじゃないわよ……」

「うん、ごめん……」

 カズアキに見つめられ、ユメは照れて話を変えた。

「の、残りは後一人ね」

「あ……ミラさんはやっぱりまだなのか……」

 すると――ガラガラとゆっくり扉が開き、ミラが部室に入ってきた。

「あれ? ミラ先輩?!」

「ちょっとあんた、今日休んでたんじゃないの?!」

「ふふふ……。部活だけ来ちゃったわ。部員の鏡でしょ」

「でも、そんな歩き方で、ほんとに大丈夫ですの?」

 サヤカが肩を貸して、椅子まで連れて行く。

「ありがとう……。もう大丈夫なんだけど、なんだか身体が重くて……」

「重いって、太ったのか?」

「違うわよ! そうじゃなくて、身体がだるい感じ」

「ミラさん、やっぱりまだ治ってないんだよ。無理しないでね」

 カズアキが心配そうに話しかけてくる。

「カズアキ……」

「ミラさんは、インフルエンザ何型だったの? 僕はね、意識がなくてね――」


 それは何事もなかったような、とても自然な会話だった。

 ミラは、この休みの間であったいろいろなことを、カズアキとたくさん話したいと思った。しかしそれはどれも言えない話。

 自身が女神であったこと。女神であることを捨ててカズアキを蘇生させたこと。すべてを胸の中にしまい込み、普通の少女としての新しい人生を歩むことに決めた。

 ミラはカズアキの顔を見て、自分の決断に間違いはなかったと再認識できたのだった――。


「ちょっと……二人で何見つめ合ってんの?」

ユメに突っ込まれ、顔を赤くして目を反らす二人。

ミラは慌てて話を変える。

「ちょ、ちょっと見ない間に、カズは細くなったんじゃない?」

「あ、ああ。結構やせたね。ベルトの穴の位置も変わっちゃって」

「それ以上モヤシになったら、ますます頼りなく見えるわよ!」

 いつものメンバー、懐かしい言葉のやり取り。

 ミラは微笑みながらタマミがいれてくれたお茶を飲み心も暖かくなった。

 そして心の声を思わず口に出してしまう。


「私、いま幸せかも……。あっ……」


 全員に注目され顔を赤くしながら、窓の外を見てごまかした――。



「でもカズ先輩戻って来てくれてよかったですよ~。先輩がいないと、タカノリ先輩のセクハラがすごいんですから」

 そう言って、タマミはタカノリの前にお茶が入ったコップをドンッと置いた。

「ありがとう、タマちゃん! 今度はメイド服でお願い」

「絶対に嫌です! 先輩はそんなのばっかですね!」

「いやいや、勘違いするな。今じゃなくて今度の文化祭でだよ。メイド喫茶やるから」

「今じゃなくても嫌です!」

「頼むよ~。ユメとミラにお願いしたら俺に暴力を振るうんだ。サヤカなんて無視だぜ? こいつらひどいだろ~?」

「当たり前ですわ! どうしてメイドを雇う側の私がメイドになる必要が……。それって部の出し物でしょ? 喫茶店なんて友達部と全然関係ないでしょう。ユメは何か考えてるの?」

「いくつか考えはあるけどね~。でもタマちゃんのメイド服はちょっと見たいかも……」

「ユメ先輩まで~! みんなひどいです~」

「おお、よしよし」

 それを見て、ミラがタマミを優しく抱きしめ頭をなでなでしている。それにカズアキが敏感に反応する。

「ちょ、ちょっと! タマちゃんは男だよ?! そこ! すぐに離れる!」

「じゃあ、カズ先輩がお願いします~」

「いやいや駄目だ! こっちに来るな! そんな目で僕を見るな~!」

 抱きつこうとするタマミを力ずくで離そうとするカズアキ。無理やり近づける顔を手で強く押され、ひどい顔になっている。

 すると、それを見たミラが身体をプルプルと振るわせ始めた。


「ふふふ……あははははは!」


 大声で笑いだすミラ。その様子を見て全員が驚いている。

「ははは……ああ面白い……。あれ? みんなどうしたの?」

「あなた……よく笑うようになったし、なんかやっぱり変よ。なんだか別人みたい」

「え? そうかな」

「私も同じことを思ってましたわ! なんだか肌の色もちょっと良くなったような。やっぱり、この一週間で何かあったんでしょう? 白状しなさいな!」

「ちょっと、サヤカ……。何もないわよ……」

「私もおかしいと思う。何があったの?」

「ユメも何言ってるの? 何もないって」

「そういえば、カズも休んでましたわね。こんな偶然ありますかしら……」

「え? 僕のこと?! 偶然だよ。本当にずっと寝てたし……」

「本当ですの? それじゃあ、スマホの履歴を見せてくださいな」

「な、なんで?」

「二人が連絡取り合ってたかどうか、それでわかりましてよ。本当に寝込んでたなら連絡できないでしょうし、何もやましいことがないなら見せれるでしょう?」

「いや、駄目だよ! プライバシー! コンプライアンス!」

「なんだよ、カズ。それだけ否定すると益々怪しいぞ」

「そうです先輩。僕にも是非見せてください!」

「いいじゃない、望むところだわ! カズ! 私たちにやましいことはないって、堂々と見せてあげなさいよ!」

「そ、そんなぁ、ミラさんまで……」

 サヤカとタカノリがじりじりと近寄り、プレッシャーをかける。

「わ、わかったよ! 僕も履歴はあまり見てなかったけど……。多分、何の履歴もないと思うよ! ええ、僕は友達いませんしね!」

 カズアキは観念して、スマホをタカノリに渡した。

「どれどれ……えっと、休んだ初日は」

 タカノリはまずは発信履歴の画面を開き確認した。

「発信が全然ないな……。お前、本当に寂しいやつだな」

「ほっとけよ!」

タカノリは次に着信履歴の画面を開く。

 すると……休んだ初日の着信は、タマミの名前でびっしりだった。

「おい……タマミ」

 タミマは『しまった』という顔をし、休んだ初日に電話攻撃していたことを思い出した。

「だ、だって心配だったんですよ! 尊敬する先輩が倒れたんですから当然でしょう! でも、僕は迷惑になると思ったから次の日からは電話するの抑えましたよ!」

「まったく……じゃあ、次の日からは……」

 次の日からの着信履歴をスクロールしながら、タカノリはだんだんと険しい表情になる。

履歴はユメの名前で埋め尽くされていたからだ……。

たまにサヤカやタカノリからの着信もあったが、ほとんどがユメの名前だった。

「ちょっと、ユメさん……?」

 皆がユメを見ると、ちょうど教室から逃げようとしているところだった。それをミラが呼び止める。

「ユメ……ちょっと待ちなさいよ。あなた、どうしてこんなに電話かけてるの?」

「あははは……い、いやぁ。部長だから……」

「部長で言い訳できるレベルじゃないだろ。お前はストーカーか!」

「そんなんじゃないわよ! まさか二人で黙って旅行とか行ってないだろうな~とか思っちゃったりして」

 ユメはペロッと舌を出して笑ってごまかそうとしている。

「私にも何度か電話してきたのはそういうことだったのね……。心配してくれてるのかと勘違いしてたわ……」

「部長として、部のルールをちゃんと守ってるのかの確認作業よ! 悪い?!」

「すごい、開き直りだな……」

「だって、カオルのお母さんが悪いのよ! 最初は風邪って言われて、次は原因不明の難病になって病院も言えないっていうし、それで結局インフルエンザだって言われて。なんかおかしいなって思っただけよ」

「まったく……。僕、本当に死にそうだったのに……」

 カズアキはユメに文句を言いながらも、本当は身体を心配して何度も電話してきていたことを知っていた。心配して泣いているユメの声が、留守番電話に何度も入っていたからだ――。


「これで、信用してもらえたよね?」

「いや、まだだ。留守電を確認していない」

 カズアキは、タカノリの言葉を聞いて急いでスマホを取り上げる。

「も、もういいだろ!」

「わかったよ、これくらいで勘弁してやろう!」

 カズアキはほっと胸を撫でおろす。

ユメも少し離れたところで、助かったという顔をしているのが見えた。

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