第44話

 ミラはゆっくりとその部屋のドアを開けた。

 ひんやりとする部屋の奥のベッドには、カズアキが横になっていた。顔は青白く、それが遺体であることは一目でわかる。大きな氷で全身が包まれているようで、おそらくフレイアがアトリアに頼んで魔法で凍らせていたのだろう。

 ミラは涙が出そうになったが、両手で頬をパンッと叩き気合いを入れる。

 そして、空中で指を動かし魔法陣のような模様を描くと、同時に何かを詠唱した。

 少し待つと、浮かび上がるようにアトリアが部屋に現れた――。


「お呼び立てして申し訳ございません。アトリア様」

「かまわん。上から二人のことは見ていた。彼を蘇生する方法が知りたいのか」

「そうです。もしその方法があるならば教えていただけないでしょうか」

「ほんとにお前たちは……。二人のやり取りを見ていたが、あんなのはめちゃくちゃだ。確かに眷属であることに触れてはいないが、そうだと言ってるのも同然ではないか。本来ならフレイアも神に召されているところだったが……今回は女神フレイアとして過去にあげた功績に免じて目をつぶってやっただけだ」

「やはり、お母様は女神だったのですか……。それならばなぜお母様は、アトリア様のことを知らないと言われたのでしょう」

「フレイアはもう女神でも眷属でもない。今は人間なのだ」

「眷属から人間になったということですか?!」

「そうだ。だから眷属の話ができなかった。知ったらすぐに神に召されるからな」

「そういうことだったのですか……。でもどうしてお母様は人間に……」

「それは……蘇生の魔法を使ったからだ」

「それでは、カズアキを一度蘇生したのはお母様……?!」

「そうだ。一度目はフレイアが魔法で蘇生させている。しかし眷属は、蘇生魔法を一度使うと神上がりして人間になるのだ。だから蘇生は一度しかできない」

「そうだったのですね……。お母様が私を止めようとされたお気持ちもこれで理解できました」

「さて……それがわかった上で、お前はどうする。蘇生魔法は可能なのは、死んでから七日まで……今日がその期限だが」

「その答えは決まっています。私に蘇生魔法を教えてください」

「フレイアにも言ったのだが……人間になると魔法も使えなくなるし、病気も怪我もする。そして歳をとりいつか死ぬのだぞ。本当によいのだな?」

「私はこの世界に来て二千年になります。多くの人間に出会い、人間の嫌な部分を繰り返し見てきました。そしていつの間にか感情を表に出せなくなっていたようです。そんな私が何年かぶりに笑顔になって、そして初めて人を愛せたような気がするんです。そんな気持ちを教えてくれた人を、その代償で助けられるなら全然問題ありません」

 ミラは笑顔でそう答えた。

「そうか……私もそういう風に笑ってみたいものだ。お前とフレイアはよく似ている……」

 アトリアはそう言うと、指を左右に動かして、カズアキを包んでいた氷を消した。

そして指をミラの額に付けて何かを詠唱する。すると、ミラの頭の中に蘇生魔法の原理が流れ込んだ――。


 ミラはカズアキの横に立ち、両手を前に出す。

そして空中を指でなぞり大きな模様を描いた後、蘇生魔法を詠唱した。

 同時にミラの全身から黄金の光が放たれ部屋いっぱいに広がった後、その光はミラの胸元で一点に集中し、白い球体となって浮かびあがる。

宙に浮くその球体は、ゆっくりとカズアキの胸元まで移動し、カズアキの身体の中にゆっくりと吸い込まれていった。

やがて、青白かったカズアキの顔は、血の気が戻り肌色へと変わっていった。

しかしミラは、力尽きてその場に倒れこんでしまった。

「カズアキに……また会える……」

 そう小さく呟きながら、ミラはゆっくりと目を閉じた――。

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