第43話

 フレイアの自宅前。

ミラが息をきらしながら玄関のチャイムを二度鳴らした。なかなか返答がなくミラは少しイライラしている。

 待ちきれず玄関の柵を開けて中に入っていこうとしたとき、扉が開いてフレイアが出てきた。

「す、すいません。何度がお電話した星川といいます。桜空くんと同じクラブの……」

「覚えてますよ。そろそろ来るんじゃないかと思ってました……。どうぞ中へ……」

 フレイアはミラが来くることがわかっていたような様子で応対した。しかし、ミラに見せた笑顔は以前より、やつれているように見えた。

 ミラはリビングに通されソファーに座るよう言われる。そしてフレイアはお茶を出して、ミラの向かい側に座った――。


「お久さしぶり。ごめんなさいね。何度もお電話いただいて」

「いえ……。お母様も大変なときに突然来てしまって申し訳ありません」

「いえいえ、とくに忙しいこともないんですけどね。ただ、カズちゃんがいないから寂しくってね。でも、ちょっと痩せたかしら。ふふふ」

 フレイアは微笑みながらお茶を飲んでいる。ミラが何かを話すのを待っているようにも見えた。ミラは覚悟を決めて、話を切り出すことにした。

「お母様。以前、バイト先に来られたことを覚えてますか?」

「ええ。あれは……カオルがバイトしてたころかしら?」

「はい。そのとき、お母様に『アトリア』という名前を知っているか聞かれました」

「あら、そうだったかしら……」

「覚えてらっしゃらないでしょうか」

「そんなこと言ったかしらねぇ……」

「では、お母様には『アトリア』という名前のお知り合いはいませんか?」

「……そういうお名前の知り合いはおりませんよ」

「そうですか……すいませんでした。私の勘違いだったかも……」

「あら、もう諦めちゃいますか……」

「お母様……?」

「い、いえ、なんでもありませんよ。この話もこれで終わりにしましょう」

 フレイアにいつもの笑顔はなく、真剣な顔でミラを見ている。

その顔を見てミラは思った。フレイアにはこれ以上話せない何かの事情があるのではないかと。そして、簡単に諦めようとしていた自分に腹が立っていた。

「すいませんでした……。もう少し質問させてください」

「う~ん。困ったわねぇ。駄目だと言ったら?」

「いいと言っていただけるまで帰りません!」

「うふふ。わかりました。でも……最近私は物忘れが多いんです。お答えできない質問もあるかもしれません。そのときは、どうしたらいいかしら……」

 少しわざとらしい言い回しでフレイアは答えた。

「……お答えできないことは、私の独り言だと思って無視していただいて結構です」

「ふふふ。わかりました。ではどうぞ」


 ――ミラは少し時間をかけて、これまでの話から質問を慎重に考えた。

(もしお母様が女神か眷属なのであれば、私が眷属とわかっても神に召されることはないはず。それなのにお母様は、アトリア様の存在を認めず、眷属の話をさせなかった……。ということは、今はその話をできない理由が何かある。それなら、そこを避けて、お母様に一番聞きたかったことを聞き出さないといけない……)

 そしてミラは、ふぅっと一息ついた後、質問を始めた――。


「カズアキさんは、もう亡くなってますね」

「……」

 ミラは失礼を承知で、ストレートに質問した。

通常ではありえない質問。ただ『違う』と答えればよいだけの馬鹿げた質問であったが、フレイアはなぜか何も答えなかった。

しかしこのやり取りには大きな意味があったのだ。

フレイアは先ほど『答えられない場合はどうすれば』とミラに質問した。そしてミラは『無視でいい』と答えた。これは『YESと答えられない場合は無言で回答して欲しい』、ということをお互いに確認した会話だったのだ――。


 ミラは続けて質問する。

「カズアキさんが亡くなるのは二度目ですか?」

「……」

フレイアは『違う』と返答しない。それは、やはり一度蘇生しているということ。そしてその事実をフレイアも知っているということだった。

(やっぱり、蘇生する方法はある……。でも、ここからどうやってその方法を聞き出せばいいのか……)

 ミラは気を落ち着かせて質問を続けた――。


「お母様はカズアキさんを助けられますか?」

「できません……私には」

 フレイアは初めて質問に回答した。しかし、それができないという回答だったことに、ミラはショックで心が折れそうになる。しかしフレイアの言い回しには何かが引っかかるものがあった。短い回答の中にも、何かの意図を感じたのだ。

 ミラは、試しに質問の仕方を変えてみた。

「他の人なら、カズアキさんを助けられるのですか?」

「できないでしょうね……お医者様には」

「え? お医者様以外なら助られるんでしょうか」

「私とお医者様では、彼を助けることはできません」

 ミラは、質問と回答が噛み合っていないような違和感を感じた。しかしその回答には、『お医者様』『私』にはできないということを強調しているように感じた。ということは、他の誰かであれば助けることができるのか――ミラはまさかと思いながらも、続けて確認してみた。

「もしかして……私ですか?! 私なら……カズアキさんを助けられるんですか?!」

「……」

 フレイアは無言だったが、それはミラであれば助けられるという答えと同じ。

なんとか希望の光が見えたことで、ミラの目に涙が溢れる。


「あの……カズアキさんは、どちらにいますか?」

「……二階にいます」

 その質問に、フレイアは無言でなく明確に回答した。

「私は……どうすれば助けられますか?」

「……」

「お母様は、その方法をご存じですか?」

「知りません……私は」

 先ほどと同じ言い回しで答えるフレイア。『私は知らない』ということは、他の人なら知っているという答えの裏返しだと、ミラは気づく。そして、その方法を誰に聞けばいいのかも同時に理解した。後はカズアキのところに行くだけとなった。

「それでは、今から二階に……カズアキさんに会いに行ってもよろしでしょうか」

 うれしそうに立ち上がるミラ。しかし、フレイアの答えは予想と違っていた。

「ごめんなさい……やっぱり行っては駄目よ……」

「え……。お母様……?」

「今になってごめんなさい。私が間違ってたわ。こんなことあなたにさせるべきじゃない」

 フレイアの言葉にミラは混乱している。

「どういうことでしょうか……。すいません。意味がわかりません」

「二階にカズアキはいます。でも、もし二階に行ったら、おそらくアナタは私と同じ選択をするでしょう。でも、やっぱりごめんなさい。あなたはそれを選択しては駄目よ」

「その選択をすることでどうなるのか、今の私にはわかりません。でも私はそれをすべきだと思ってます!」

「でも、彼はカオルではありませんよ。あなたがカオルと仲良くしてくれていたことは私も知っています。でも、彼はカズアキなの……。あなたがすべきというその選択は愛情から来るものではないわ。おそらく自分に責任を感じてのことでしょう」

「確かに私は責任を感じてここに来ました。でも、もし彼がカズアキさんじゃなかったら同じ選択はしてなかったかもしれません」

「もしかして、あなた……カズアキを……?」

「私は最低な女です……。カオルさんがいなくなって一年も経たないうちに、次はカズアキさんが気になるようになって……。お母様にはどう非難されても仕方ありません。でも……私はカズアキさんを助けたい!」

 ミラの目から涙がこぼれ落ちる。

それを見てフレイアも立ち上がり、もう一度確認する。

「あたなのその愛情は親子の愛とは違います。男女の愛は永遠ではないかもしれません。その愛情はいつか消えるかもしれませんよ。そのときに後悔しませんか?」

「私は今まで……人を愛したことがありませんでした。だから本当は、お母様の言われることが私にはよくわからないんです。これが愛なのかがよくわかっていません」

「ミラさん……」

「カズアキさんが私のことをどう思ってるのかもわかりません。でも、カズアキさんにもう一度会いたい……。もう一度話がしたい……。彼がこれから先、ずっといないと思っただけで苦しくなるんです」

その言葉を聞いて、フレイアは微笑みながらミラを抱きしめた。

「あの子は本当に幸せものだわ……」

「お母様……?」

「あなたがカズアキを愛してくれたこと……それはとても自然なことよ。もう自分を責めないで」

「ごめんなさい……」

「何も謝ることはないのよ。カオルとカズアキを愛してくれてありがとう」

 その後フレイアが送り出し、ミラは一人で二階のカズアキの部屋に向かった。

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