第38話

 次の日の夜。

綾瀬タマミの自宅アパートでは、タマミの母が内職をしながらタマミの様子を気にしていた。

「タマミ、最近学校はどう?」

「え? うん、母さん。……楽しくやってるよ」

「そう……。サッカー部も頑張ってるの?」

「うん。全然問題ないよ。毎日楽しく練習してるよ」

 タマミは母に何も悟られまいと目を合わさず、笑いながらテレビを見ている。

「無理して頑張り過ぎてない?」

「え? そりゃあ練習は辛いけど、何とか大丈夫だよ」

「練習のことじゃないわよ。練習以外のことで悩みとかはないわね?」

「さっきから、どうしたのさ。悩みがないっていったら嘘になるけど、母さんが心配するほどのことでもないよ」

 タマミはサッカー部でいじめにあっていることを母に言えなかった。そしてスパイクがなくなりクラブに行けなくなったことも……。スパイクは、おそらく部員が盗んだのだろうと感づいてはいたが、何も証拠がなくどうすることもできなかった。今日も一日探しまわったが、見つからずに諦めて帰宅したのだった――。


「私に気を使ったりしてないでしょうね。あなたは昔から優しいから……私を心配させまいと思って、何か我慢してるとかはない? 母さんのことは気にせずに何かあれば相談して欲しいの」

「うん……でも本当に大丈夫だよ」

「それならいいんだけど……」

 すると、母は黙って押し入れから大きな紙袋を取り出し、タマミに渡した。

「これ何? 誕生日はまだ先だよ」

「開けてごらん……」

 タマミが袋を開けると、なくしたはずのスパイクが綺麗に磨かれて入っていた。

「え……? どうして母さんが……」

「それがね……。今日の朝、あなたが学校に行った後、同じ高校の人が来て置いていったのよ。『学校行く途中で落ちてたのを見つけたから』って。靴に名前が書いてあったのでわかったのかしら」

「高校の人? サッカー部の人かな」

「いいえ、違うわよ。女性だったから。とっても綺麗な人」

「女性? 名前は?」

「それがねぇ。名前を言わなかったの。外人さんかしら……天河高校にはあんな綺麗な人がいるのね。少し茶髪みたいな感じで耳に可愛い赤いピアスしてたかしら」

「もしかして、星川先輩……? 他に何か言ってなかった?」

「他は……ああ、そうそう『タマミさん、本当に頑張っていますよ』、って。素敵な笑顔で言ってくれたわ。あんな綺麗な先輩と知り合いだったのね。お母さんびっくりしたわ」

 タマミは訳が分からないまま袋から靴を出してみる。すると、靴の奥に何か入っているのに気づいた。手を入れてみると小さなメモが入っており、そこにはこう書いてあった――。


『でも、頑張り過ぎないで』


 タマミは、そのメモを見て自然と涙が溢れだした。

「母さん、実は僕――」

 その日、タマミは全てを母に打ち明けた。

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