第36話

 サッカー部の部室前。

 練習も終わり二、三年は帰宅し、部室には一年だけが片付けで残っている。そして片付けも終わり、部室の中からはうれしそうに話す部員達の声が聞こえ始めた。

 すると、その部室の前にミラが一人で現れた。タマミのことで、何か情報が得られないかと、この時間まで残っていたようだ。ミラは隠れて、部員の声を聞いている――。


「今日のあいつ最高だったな!」

「ああ、綾瀬だろ? やっとこれで気持ちよく練習できるぜ」

「なんであんな女みたいなやつがサッカー部入ったんだろうな。どっかの文化部入っとけよ!」

「ほんと、毎日うっとおしかったな。あんだけやったら普通辞めるだろ」

「辞めてもあいつが行くクラブなんてないだろ。ああ、でも女子サッカー部があるな」

 部員達の嫌な笑い声が聞こえる。ミラはすぐにでも部室に怒鳴り込みたかったが、なんとか今は怒り抑え情報を得ることに集中した――。


「でもスパイク無くすなんて最低だな、あいつ」

「ああ、あれ俺が捨てたんだよ」

「え、まじで? お前すげえな。怖い怖い」

「入部したてのとき聞いたんだよ。あいつ母子家庭で、母親が必死で働いてスパイク買ったんだと」

「ははは。なにそれ、泣ける」

「だから、スパイクなくなったら、すぐに次のは買えないだろ?」

「黒澤。お前ってほんと悪いよなぁ。どこに捨てたの?」

「ああ、なんか校舎の裏に燃えるゴミいっぱい捨ててるとこあるだろ? あそこに放り込んでやったよ――」


 スパイクの場所がわかり、ミラはすぐに校舎裏に向かった。すると、サッカー部員が話していた通り焼却炉の横には巨大なゴミの山があった。

幸いにもまだ焼却されてなかったようだが、そのゴミの山はミラの身長の二倍くらいの高さがあり、女性一人で簡単に探せるようなものではなかった。

 おそらく明日になると焼却炉で処分されるのだろう。やるなら今しかないが、外はもう真っ暗になっており、校舎裏には薄暗いライトが一つあるだけで、ゴミの中はほとんど見えない。

 しかし、ミラは躊躇なくスマホのライトを点灯させ、ゴミの中をあさり始めた。



一時間ほど探しただろうか……。努力も空しくタマミのスパイクはなかなか見つからない。スマホのライトでは狭い範囲しか見えず、効率よく探すことができない。そしてゴミの中にある割り箸などが手に刺さり、手のあちこちからは血が流れていた――。


ミラは感情表現が下手だ。しかし今は、辛く悲しく悔しい感情が胸いっぱいに込み上がり、自然と涙がこぼれ落ちた。

自分がいつの間にか泣いていることに気づくミラ。前に泣いたのはいつだっただろうか。そうだ、カオルが死んだ日だ。

カオルなら、こんなとき一緒に探してくれたんだろうな――そんなことを考え、涙が止まらなくなる。

そのとき、ミラの電話が鳴った。画面にはカズアキの名前が表示されている。ミラは指先の血を制服で拭いて電話にでた――。


「はい」

『あ、えっと……。ごめん、夜遅くに!』

「なに? 今ちょっと忙しくて」

『ああ、そうだったんだ。ごめん。す、すぐ終わるよ! だから切らないでよ!』

 電話の向こうのカズアキはかなり緊張している。

 声でそれが分かったミラは、ふっと力が抜け笑顔になった。

「どうしたの?」

『今日の放課後、部室に来なかったよね?』

「ええ」

『どうして?』

「あなたって、こういうときはいつも直球の質問するのね。いつもは頼りないのに」

『うっ。ごめん。気なって仕方ないから、もう電話して聞こうと思って』

「そういう勇気はあるんだ」

『こ、これでも電話の前で二時間悩んだんだ』

「ふふふ。今日はちょっと用事があっていけなかったのよ。本当よ」

『じゃあ、明日は来るんだ』

「そうね……」

『よかった。他のみんなにもそう伝えとくよ。それじゃ――』

 カズアキが電話を切ろうとすると、ミラはなぜか急に胸が苦しくなる。そして、会話を続けようとした――。


「今日、ごめんね」

『え?』

「綾瀬くんが来たとき」

『いや、あれはユメも悪かったし。気にすることないよ』

「私がきっかけだったから。ごめん」

『あいつも反省してたよ。明日謝るって言ってた。あ、これ内緒だった』

 ミラはカズアキとちゃんと話したことが無かった。それはお互いが避け合っていたからかもしれない。しかし、カズアキと話していると心が落ち着く自分がいると気づく。そして自然と自分の胸の内を話し始めた――。


「私がいると、いつもすべて悪い方向に向かうのよ……」

『え……? どうしたの?』

「人の気持ちも考えず自分だけ好きに行動して、周りに迷惑ばかりかける……」

 ミラはまた涙が止まらなくなる。どうしてこんな話をはじめたのか……カズアキの声を聞いていると、なぜか思いが溢れ出て言葉を止めることができない。


『ははは……。いや、ごめん。笑っちゃ駄目だけど、なんかうれしいな……』

「え……?」

『こういう話、やっとしてもらえたなと思って』

「してなかったかな……」

『僕とはしてなかったけど……。あぁそうか、他の人とはこういう話してるのかな』

「それは満島くん……だけだったかな」

『……』

「聞いてる?」

『……ミラさんが、カオルの話するのも初めてだね』

「え……」

『ミラさんからだけ、カオルの話を聞いたことなかったなぁと思って』

「そうだったかしら……」

『もう、忘れてるのかと思ったよ。ははは……』

「そんなわけない! 彼のことを忘れた日は一日もないわ……」

『そうなんだ……。ありがとう』

「どうしてあなたがお礼を言うの?」

『あ! それは……友達のことをそんな風に言ってくれて、ありがとう』

「……満島くんのことを話さないのは忘れたからじゃない。彼の話をするのが辛かったからかも」

『それはどうして?』


「それは……私が彼を殺したからよ……」

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