第22話
カオルから生まれ変わったカズアキは、その生活にも少しずつ慣れてきた。
生まれ変わると元の身体の能力も引き継ぐのか、困ったことに学年末テストの成績はかなり落ちてしまったが、それを補って余るほどスポーツ万能になっていたようだ。その証拠に学年最後の体力測定では、クラス最高の結果を叩きだしたのである。そしてその日から、あらゆる運動部からの勧誘攻撃を受け続けることとなる。
またその結果が知れ渡り、モテぶりにも拍車がかかった。カズアキが行く先はどこも女子生徒の熱い視線が付きまとい、心休まる時間がない。あまりのモテぶりに、そんな経験がないカズアキはどうしてよいか困る毎日。いっそのこと彼女をつくればこの状況は収まるのかとも考えたとき、最初にミラの顔が浮かぶ。しかし、ふられた(と思い込んでいる)ことから立ち直れず、彼女には一度も話しかけることができなかった――。
そのまま高校一年の三学期が終わり、春休みとなる。
贅沢な悩みではあるが、カズアキは自宅では誰の視線も感じない平穏な日々が送れると喜んでいた。しかし、春休みは二週間ほどあり、かなり暇である。そんなとき、タカノリから電話があり、一緒にバイトしないかと誘われた。
そのバイト先は当然ながら、以前に勤めていたファーストフード店。すぐに浮かぶのはミラの顔だ。かなり悩んだが、タカノリのしつこい勧誘電話に負けて面接に行くこととした。
しかし面接で困るのは履歴書である。カズアキの転入前の経歴は何も決まっていなかったが、嘘を書くわけにもいかず母フレイアに相談した。すると、『そんなのアトリア姉様に頼めば何とでもなるわよ』と笑顔で一蹴され、次の日には嘘の経歴が細かくびっしりと書かれた紙を渡された。
しかし面接はその日の午後。急いで嘘の経歴を暗記し不安なまま面接に向かった――。
「採用です!」
「へ?」
流川店長との面接。履歴書を出してほとんど何も質問が無いまま即決となった。
「あの……まだ何も話してないんですけど……いいんでしょうか」
「あなたみたいなイケメン……い、いや……あなたみたいな顔の人に悪い人はいないわ。私はそういうのを見抜く力があるから大丈夫よ!」
(カオルのときの面接は一時間くらいあったのに!)
鼻歌混じりに履歴書を見る店長の頬は少し赤くなってるようにも見える。皆が恐れる元ヤンも、カズアキのイケメンぶりには勝てなかったようだ。
「それじゃ、とりあえず今日来てるバイト仲間だけでも、先に紹介するわね」
スタッフルームから外に出て一人ずつ順番に挨拶するが、ほとんど全員が知っている顔だった。そしてその中の一人にミラもいた。
(今日は星川さんもシフト入ってたんだ……。カズアキになって初めて話すのか。ちょっと緊張する……)
「あれ、あなた……」
ミラはすぐにカズアキと気づいたようだ。
「あれあれ、二人はお知り合い?」
「僕、最近転校してきて、星川さんとは同じクラスだったんです」
「あら、そうなの! ああ、そういえばタカノリの紹介だったものね。そうかそうか。それじゃあ、馴染むのも早そうね。それじゃあ、今日からタイムカード打っていいから、ミラちゃんにいろいろ説明してもらって。明日からシフトも入れちゃってね~」
そう言って、流川店長は奥へと消えていった。
(星川さんに説明してもらうのか……。なんか気まずいな……)
その後、ミラは淡々と説明を始める。
カズアキは全て知っていることであるが、初めて聞くフリをしながら応対した――。
「それじゃ最後に、今日説明したことの復習ね」
「はい」
「補充のポテトの場所は?」
「ここです」
カズアキは専用の冷凍庫の扉を開ける。
「じゃあ、Aセットを一つ作ってみて」
カズアキは手際よく材料を出してAセットを作った。
次々と質問をクリアしていくカズアキ。ミラは優秀すぎて少しつまらなくなったのか、いじわるで教えていないことを質問する。
「じゃあ、レジを開けるときのボタンは?」
「えっと、これを押して、次にこれを押して、こうですね」
カズアキは手際よくレジを開けた。予想と違う結果にミラは驚いている。
「あれ?!」
「はい?」
「これ、説明したっけ?」
カズアキは、ここで自分の失敗に気づいた。
「えっとぉ……しましたよね」
「いえ、してないわ」
「そんなばかな。しましたよ~」
「いやいや、絶対にしてない」
「あれ~。おかしいな」
「それはこっちのセリフでしょ」
ミラは何かおかしいと、カズアキの顔をじぃっと見ている。
「あ、そうだ! 僕、以前もファーストフードのバイトしてたことがあって、たまたま同じレジだったから……。あははは。そうかそうか~」
「あら、そうだったの。それ先に言ってよ。だからいろいろとすぐに理解できたのね」
ミラはなんとか納得しくれたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、今日はこれで終わりだから」
「ありがとうございました」
「それと、敬語禁止ね。同級生なんだから」
「あ、ごめん」
「すぐに謝るのも、ね」
カズアキは、同じようなやり取りをカオルのときにしたことを思い出し、少しうれしくなった――。
「それじゃあ、お先です」
「あ、桜空くん。ちょっと質問が」
カズアキが帰ろうとすると、ミラに呼び止められた。
「……どうして私の名前知ってたの? 挨拶したとき私の名前言ってたから」
「名前? そ、それは……だって同じクラスだから」
「でも同じクラスなの二週間くらいだったし、私、自己紹介してないと思うんだけど」
「二週間もあれば覚えるよ。それに、星川さん目立つからすぐに覚えたよ」
「私が目立つ? 私、クラスでは友達もいないし暗い方なんだけど……」
「おかしいな。僕の知り合いは星川さんのこと、笑顔が百点満点の素晴らしい人だって言ってたよ! じゃ、お先に!」
「僕の知り合い?」
カズアキはこれ以上突っ込まれるとボロが出るかもと、急ぎで店を出た。
「カオル……」
ミラはカオルの話を聞いて、少し微笑んでいるようだった。
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