第21話

 ――タカノリが足を止め、カズアキの方へ振り向いた。

その瞬間――。

「すまなかった!」

 タカノリは、そう言って深く頭を下げた。

「え? あれ? 陽木くん?」

 殴られると思い目を閉じていたカズアキは、予想と違うタカノリの行動に驚いている。

 陰で見ていたミラとユメも驚いて顔を見合わせていた。

「カオルが友達だったとは知らず、ひどいことを言ったよ。ちゃんと謝りたかったんだ」

「わ、わかったから、頭上げてよ。ね」

 タカノリは頭を上げたが、目を伏せたまま思い詰めた顔をしている。

「ちょっと驚いたよ……。でも、今日言ってたことは本心……なんだよね?」

「それは……本心だったところもあるし、そうじゃないところもあるよ……」

「本心のところって?」

「本心というか……あいつがみんなに嫌われてたとか、ぼっちだったってとこは、本当にそうだったかな……」

(やっぱりみんなに嫌われてたんだ!)

 カズアキはあらためて言われてショックを受けるが話を続ける。

「それじゃあ、本心じゃないところは?」

「俺があいつを嫌ってたってところとか、あいつと仲良くしたら自分もぼっちになるとか……かな」

「そうなの? じゃあ、どう思ってたの?」

「それは……うまく言えないけど、好きとか嫌いとか、そういうんじゃなくて、俺はあいつにずっと負い目を感じてたんだ」

「え? どうして?」

「小学校のとき……あいつと同じクラスになって、なんかウマが合って何回か遊んだことがあったんだ。でも気づいたら、あいつみんなにいじめられるようになっててさ。そのとき、あいつがいないときにリーダーみたいな奴に呼び出されて『お前は満島の友達か』ってきかれたんだ。俺は怖くて『違う』って言ったんだよ。それから、俺もあいつに冷たくするようになって……」

「そうだったんだ……」

「それ以来、あいつと普通に話できなくなったんだ。でも最近バイト先で一緒になってさ。そのときのこと、何回か謝ろうとしたんだけど、口を開くとあいつが嫌がるようなことばかり言ってしまって。そしたらあいついきなり死んじゃうし。結局謝れないまま……」

「わかったよ……。話してくれてありがとう。でも……僕は陽木くんを本当に信じていいのかな」

「信じろと言われても……難しいよな。でも俺は、これで信じて許してくれとか仲良くしてくれとか虫の言いことは言わないよ。ただ、それ以前にちゃんと謝りたかったんだ」

「どうして、今日会ったばかりの僕にそんなに優しくしてくれるの?」

「それは満島のために……かな」

「カオルの……ために?」

「俺は……いつも人の顔色見ながら自分の意見を決めてる。今日もみんなの言葉に流されて思ってもないことペラペラ話しちゃって。でも、お前にきつく言われて思ったんだ。満島のこと、また同じように裏切ってるなって……。死んだ人間にも同じことしてる自分が最低だと思ってね。満島は俺を許してくれることは無いだろうけど、でも、俺は変わらないと……」


「許すもなにも、そもそもカオルは陽木くんを恨んだりしてないよ」

 

「そんなことわからないだろ」

「だってカオルはよく、陽木くんのことを話してたよ」

「え……? 俺のことを?」

「うん。たくさんね。昔一緒に遊んだとき楽しかったって。ゲーム貸し借りして感想言い合ったりできてうれしかったってね。プールへ一緒に行ったこともあるよね。それで……カオルがいじめられて、陽木くんが仕方なく離れて行ったのは、全部わかってたみたいだよ。それで陽木くんを責めたことなんて一度もない。その後、高校でバイトが一緒になってさ……最初は怖くて、冷たい感じだったけど、わからないこと聞いたらちゃんと教えてくれたんだよね。どんくさいからミスばかりするんだけど、しれっとフォローしてくれたし。バイトのシフトも、用事があってどうしても入れないとき、こっそり変わりに入ってくれて……。陽木くんが何かを伝えようとしてたこと、ちゃんとわかってたんだよ」


夕日がカズアキを背後から照らす。

逆光でよく顔が見えない中、タカノリはカオルから言われているように錯覚し、自然と涙がこぼれ落ちた。そして、泣いているのを見られないようにと、後ろを向いて涙を拭いた。


「満島の気持ちが聞けてよかったよ。サンキューな」

「僕も、陽木くんの気持ちが聞けてよかったよ」

「腹減ったなぁ。なんか、食いにいかね?」

「そうだね、賛成!」

「それじゃ、俺のバイト先紹介するよ。店長が美人でなぁ――」


 ――二人は笑いながら、校門へと歩いていく。

 陰から見ていたミラとユメは、二人が歩いてくるのを見て慌てて隠れた。そして、二人が喧嘩にならなかったことにほっとしていた。

 カズアキの話を聞いて目に涙をためていたユメだったが、涙を拭いてミラに話かける。

「星川さん、彼が心配で見にきたの?」

「なんで私が知らない転入生を心配するのよ。それは花月さんの方でしょう。今日のお昼も話しかけてたし」

「わ、私は違うわよ! 人を探してたって言ったでしょ」

 ミラは目を細め、黙ってじぃっとユメを見ている。

「な、なによ」

「……あなた、最近お昼一人で食べてるわね」

「ちょっと、そこデリケートなところ! ズカズカ来るわね!」

「どうしてなの?」

「ええ……そうよ! 私はカオルの葬式行ったときくらいから、仲間外れにされてるのよ」

「今まで彼にボロカス言ってたのに、死んだら急に悲しんでるから手の平返したのか、ってことかしら」

「あんた、本当にはっきり言うわね。……でも、その通り。今になってこんなかたちでカオルの辛さがわかるなんてね。あいつにいろいろ偉そうに言ってたけど、こんな状況になって、自分の力だけで何とかするなんて簡単にできないってわかった。あいつはこんな状況で何年間も休まず学校通ってたのよね。多分、これはあいつに天国から意地悪されてるんだわ。お前もできるならやってみろってね」

「そんなことは――」

「待った、待った! わかってる。カオルはそんなことしないわ。今のは失言。すいません、取り消します!」

「ふふふ……」

「……星川さんの笑った顔、初めて見たわ。かわいい笑い方するのね……」

「帰るわ!」

 ミラは顔を赤くして、そっぽを向いて校門に向かっていく。

「あははは……」

 帰るミラの背中を見ながら、ユメも笑い出す。

 ミラもユメも、カオルが死んでから笑うのは初めてだった。

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