第15話
「うっ……」
カオルは、自分の部屋で目が覚めた。
頭がぼぉっとしており、全身がだるい。
すぐに起き上がることができずに、天井を見上げたままミラと会ったときのことを思い出していた。
「あれ……? 僕って、告白したんだっけ……」
記憶が曖昧で、はっきりと思い出すことができない。
すると、ミラが泣いて謝っている姿が頭に浮かんだ。
――ごめん……本当にごめんなさい――
「ああ、そうか……僕はふられたんだ……」
カオルは冷静にゆっくりと起き上がる。そしてベッドから降りて立ち上がろうとしたとき、足に力が入らずふらついて膝をついてしまった。
「あれ……? なんか身体が思うように……」
周りの物にしがみつきながら、なんとか階段を下りて一階の洗面所までたどり着いた。
まだはっきりと目が覚めていないのかもと、冷たい水で顔を洗う。
そして、顔を拭いて鏡を見たとき――。
「うわぁぁぁ!」
カオルは驚きの声をあげ、尻もちをついた。
なぜなら、鏡には見たこともない知らない男の顔が映し出されていたからだ。
恐る恐るもう一度鏡を見る……。
しかしやはり、映った顔は知らない顔――それもかなりのイケメンである。
顔や手をいろいろと動かしてみるが、当然鏡に映る姿も同じように動く。映っている顔は、やはり自分で間違いない。
カオルはパニックになるが、何とかこの事態を理解しようと考えてみる。
(僕は元々この顔で、記憶喪失になったのか……? いや、それにしては小さいときからの記憶は全て鮮明に覚えているし……僕の顔がこの顔だった記憶なんて一つもない。ということは、もしかして寝てる間に整形手術された? 顔が良くないのを気にして母が勝手にやったのか? いや、あの母が黙ってそんなことするわけない。それじゃあ、記憶を操作された? そんなマンガみたいなことあるわけないし……。ということは、僕の頭がおかしくなった――)
すると、リビングから食器を洗う音と、母親の鼻歌が聞こえてきた。
「そうだ、母さんに……」
カオルは、ゆっくりとリビングまで歩き扉を開ける。
すると、いつも通りにフレイアがキッチンで料理をしており、カオルはひとまず、ほっと胸を撫でおろした。
しかし笑顔で振り向いたフレイアは、カオルを見て無表情になり固まってしまう。
「あの……どなた?」
フレイアは手に包丁を持ち、首をかしげている。
(やっぱり! この顔の僕を、母さんは知らない……?!)
フレイアは包丁を手にしたまま、怖い顔でゆっくりと近づいてくる。
「あ、あの……、すいません、僕は怪しいものでは……」
カオルは尻もちをついて後ずさりする。
「……どちら様かしら?」
フレイアはカオルの目の前まで来て、包丁を高く振り上げた。
慌てて顔の前に手を出し、防御するカオル。
「うわぁあぁ! 母さん待って、僕だよ! カオルだよ!」
「冗談でぇ~す!」
笑顔で舌をペロッと出しているフレイア。
カオルはシャレにならない冗談に言葉が出ない。
「ごめんねぇ。カオルちゃんびっくりしたぁ?」
しかし、フレイアの言葉が冗談だとしても、自分の顔が変わっていることの説明にはならない。何が冗談なのかがわからず、カオルは頭が混乱していた。
「ど、どういうこと……?」
フレイアは倒れるカオルに手を差し出してソファーに座らせた。そして向かい側に座って真面目な顔になって話を始める。
「カオルちゃんは、今日の目が覚める前のこと、どこまで覚えてる?」
「え? それって昨日のことでしょ? 昨日は朝からバイトに行って……そうだ、母さんが店に来たんだ。あれは恥ずかしかったんだから、本当に……」
「うふふ。ごめんなさいね。その後……バイトが終わってからは?」
「バイトの後? それは家に帰って……あれ? その後どうしたっけ?」
「帰るときは一人だった?」
「えっと……いや一人じゃなかったよ……」
「誰と一緒だったの?」
フレイアはニヤニヤしている。
「星川さんだよ! バイト先にいた女の子さ。それがどうかしたの?!」
「その星川さんと、どうやって別れたか覚えてる?」
「え? それは……」
「さよならはちゃんとした? どこでさよならした?」
「あれ……どうだったっけ?」
カオルはミラとどうやって別れたのかを思い出せない。
「実はね、驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「うん……」
「カオルちゃんは車にひかれましたぁ!」
「はい?」
「雪ですべったトラックが激突です。もうペッチャンコです」
「ええ?! 僕がトラックに?」
「そして、カオルちゃんは死んじゃいました! 実は死んだ日からもう二週間経ってます!」
フレイアは明るいテンションで話すがカオルは全然笑えない。
「……何を言ってるの?」
「そして、カオルちゃんは別人として生き返りましたぁ、とさ。ははは……」
「朝から何を言っているのか、よくわからないんだけど……」
「やっぱり、どう説明しても理解できないわよねぇ……。あ、そうそう! 顔が変わってるでしょう。超イケメンに!」
「やっぱりそうだよね?! 僕の頭がおかしくなったのかと思ったよ! どういうことなのこれは!」
「だからぁ、今言ったように、カオルちゃんは別人として生き返ったの。あ、間違えた。カオルちゃんじゃなくて、『カズちゃん』だったわ。今日からあなたは『
「名前も変わるの? いやいやいやいや、それより別人ってどういうこと――」
「お前は本当に説明が下手だな!」
突然知らない女性の声がする。
カオルが驚いて振り返ると、そこにはアトリアが立っていた。
「私から説明しよう」
「あら、お姉様!」
「お姉様……? っていや、誰? コスプレ?」
アトリアはこの前と同じキトンと呼ばれる服装で現れ、サンダルのような靴のままでズカズカとリビングの中を歩き、フレイアの隣に座った。
「私は女神アトリアだ。お前の母さんの先輩で、姉のような存在だな。お前の母さんも女神だったが、ある事情で『眷属』――まあ、わかりやすく言うと『神の使い』のようなものか……それになって地上に降りてきたのだ。そして、お前の父と結婚しお前が生まれた。そしてお前は昨日死んだ。本来であればお前は神に召され天国に行くのだが、フレイアは蘇生魔法を使ってお前を生き返らせた。以上だ」
早口で一気にまとめて説明され、カオルは唖然としている。
「はは……えっとぉ。これってドッキリ企画かなにかですか……?」
「ん? なんだその『ドッキリキカク』というのは」
「おほほほ! さすがアトリア様、説明がお上手で」
「どこか上手なんだよ! さっぱり意味がわからないよ。魔法で僕を生き返えらせたって?」
「そうだ。なんだ、ちゃんと理解できてるじゃないか、カオル。じゃなかったカズアキ」
「それなら、その証拠見せてよ。何か魔法見せてくださいよ!」
「フレイアはもう魔法は使えん。お前を蘇生させたことで神上がりし、人間となってしまった。女神の永遠の命も魔力も、全てを捨ててお前を助けたのだ。感謝するんだな」
「あら、そんなこといいんですよ。お姉様」
「しかし、息子は信用できないと言ってる。仕方ない。私が少し見せてやろう」
アトリアはそう言うと突然、顔の前で二本指を動かし、何かを空中に描き始めた。指が進む後に光の線が描かれ、魔法陣のような模様が浮かび上がる。
「……この模様! どこか見たことがある……」
カオルの頭の中には、抱かかえたミラの背後に同じような模様が浮かびあがった映像が思い出された。しかし、それがいつどこだったかは思い出せない。
続けてアトリアが知らない国の言葉を何か呟いたかと思うと、アトリアの容姿が一瞬でフレイアに変わった。
「え?! 母さんが二人?」
そして、顔の前で指を右から左に動かすと、次はミラの姿に変わる。
「ほ、星川さん?!」
そして、もう一度指を動かすと、次はユメの姿に変わった。
「え?! ユメ?」
更に次はサヤカの容姿にと、次々と見た目が変化していく。
「サヤカ!」
そして、アトリアはサヤカの姿のまま話始めた。
「これは幻惑魔法だ」
「魔法……。そんなばかな……」
「この魔法はお前が大切に思っている人物に成りすまし幻惑する魔法だ。しかし、お前の想い人は女性ばかりだな……」
「ふふふ。母さんも最初に出てきてうれしいわぁ。この子ったらぁ」
フレイアはニコニコして喜んでいるが、カオルは顔を真っ赤にしている。
「次は、そうだな……」
そう言って、アトリアはまた指で何かの模様を描いた後、魔法を詠唱する。
すると、目のコップが宙に浮いた。次に指を動かすと冷蔵庫の扉が空き、そして閉まる――次々と部屋にあるものを指の動作だけで動かし始めた。
「これくらいで信じてもらえたかな。他にもいろいろできるが……」
「お姉様。もう大丈夫でしょう」
カオルは突然、女神や魔法だと言われ、どう信じてよいかわからなかった。しかし、実際に自分の顔が変わっていることは事実。それに、本当の魔法を目の前で見せられた今、全てを信用するしかなかった――。
「わ、わかった。まだ信じられないけど信じることにするよ……。でもどうして僕は別人になったの? カオルのまま生き返らせてくれてもよかったのに」
「そ、それは……」
アトリアが言葉に詰まっていると、フレイアが無理に笑顔をつくりながら説明する。
「実はね……。蘇生できるのは死んでから七日以内なんだけど、蘇生するときにはその身体が必要だって後でわかったのよ。それでいざ蘇生しようとなったとき、カオルちゃんの身体はもう……」
「も、もしかして焼かれた後だったってこと……?」
「ごめんなちゃい……」
「いや、説明不足だった私が悪かったのだ。だから、日本中探して、同じ日に亡くなった一番の美男子をうまく魔法でごまかして連れて来てやったのだ。喜べ、お前の人生はこれからバラ色だ!」
「この顔はイケメン過ぎだよ! この顔で学校行ったら目立ち過ぎる!」
「しかしこうして新しい人生を送ることができるんだ。本当は無かった命。第二の人生楽しんでみたらどうだ」
「まあ……でも、生き返らせてくれたことは感謝するよ……。二人とも、ありがとう……」
アトリアとフレイアは顔を見合わせて、ニコリとした。
「それでは私は帰るとしよう。後は親子水入らずで」
そう言ってアトリアは元の姿に戻った後、部屋から出て行った――。
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