第10話
今は二月。外はかなりの寒さで、昼過ぎから降し出した雪が道路に積もりはじめていた。
白い息を吐きながら、すべらないようにお互いのことを支え合いながら歩く二人。
高校一年の三学期ももうすぐ終わろうとしている。三学期からは違うクラスになるかもしれない。そうなると話ができるのもバイトのシフトが合うときだけとなり、ミラとの距離は更に遠くなってしまう。カオルはそれを考えるだけでも胸が苦しくなり、何とかして春休みに入る前にミラへ想いを伝えたいと考えていた。
カオルは、サヤカに相談したときのアドバイスを思い出す。
『あなたはどうせ、そのときになったら緊張して何も言えなくなるんでしょう? それだったら話すきっかけを自分で決めたらどうかしら? 例えば、あの信号渡ったら……とか、何時何分になったら……とか、ね』
――時計を見ると三時五分前。確か、少し先にあるショッピンモールには大きな鳩時計があり、一時間ごとに鳩が鳴くはずだ。
カオルはその声を合図に、告白しようと決めた。
結果を恐れることはない。サヤカが言うように、最初から相手の答えは決まっているようなものだ。告白して駄目だったとしても、世の中が何か変わるわけでもないし、ミラがいなくなるわけでもない。今は、告白して自分の気持ちを知ってもらいたい……。カオルはそう考えながら、そのときを待っていた――。
「どうしたの? 今日の満島くんは、少し静かね」
「そ、そうかな?」
「なんか悩みでもあるの?」
「そんなの悩みだらけだから、話すと一日じゃ足りないよ」
「それじゃあ、会話のネタにはしばらく困らないわね」
いたずらっぽく話すミラは、その場にしゃがんで積もる雪を手ですくった。
そのとき――大きな鳩時計から鳩が飛び出し、そして三回鳴いた。
カオルは立ち止まり大きく深呼吸した後、ミラに声をかける。
「星川さん!」
ミラは突然の大きな声に少し驚きながら不思議そうな表情でカオルを見る。
「はい?」
「あの、ずっと前から」
「はい」
ミラに見つめられ、カオルは血液が沸騰しそうになる。
「えっと……」
「ずっと前から、なに?」
「ずっと前から……その……」
「その言葉の後に続くのは……だいたい想像がつくけど一応聞きましょう」
「え? もうわかっちゃった?!」
「いいえ。わからない」
「今なんか、わかってる様子だったけど!」
「だって私が思ってるのと違ったら、私とんだ勘違い女になるし」
「はぐらかさないでよ。もう好きだってばれてる!」
「ふふふ。そうなんだぁ。私が好きなんだ。へぇ~」
「くっ! なんか変な感じになった……」
「満島くんらしい感じだったよ」
「えっと……今日はこの気持ちを伝えたかったんです。以上です!」
「以上……なの?」
「以上ですけど……。あれ? 伝わってない?」
「ふふふ」
ミラは笑っている。
「告白するの初めてで……」
「いえ、いいの。ありがとう。ごめんなさい。笑ってしまって」
「それじゃあ、行きましょうか……」
そう言って一人歩き出すカオルに、ミラは後ろから雪をぶつけた。
「ちょっと。本当にこれで終わり? 私の気持ちは聞かないの?」
驚いて振り向くカオル。
「ああ、そっか……。自分の気持ちを伝えるのが精いっぱいでした……」
「そんな一方的に言われた私はどうしたら……『はいわかりました』で、終わりでいいの?」
「ご、ごめん! ではあらためまして、星川さんの気持ちを……どうぞ!」
カオルは、お願いしますという感じで頭を下げて、片手を前に出した。
――目を閉じてじっと返事を待つカオル。
その間、とても長い時間に感じる。
すると……手の平に温かい感触が広がった。
カオルは手をぐっと握ってみる。
そしてゆっくりと顔を上げ見てみると、手の中にあるのはミラの細い指だった――。
「よろしく……」
「……………………え? あれ?!」
「ありがとう」
「本当に? 本当なの? 全然そんな感じしてなかったけど……」
「そうだったの?! おかしいな。やっぱり私は感情表現が下手なのね」
最初は信じられないカオルであったが、ミラの笑顔を見て、それは確信に変わる。そして、だんだんと喜びがこみ上げてきた。
「うわっ……やった……やったぞ。やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カオルは天に向かって両手を高くあげ、喜びの声を上げた。
それはカオルの人生で一番幸せな出来事であっただろう。
しかし――神はカオルに厳しい現実を見せることとなる。
横を走るトラックの前に突然子供が飛び出した。
激しい急ブレーキ音と母親が叫ぶ声。
積もる雪にタイヤが取られ制御できないドライバー。
スリップして歩道に乗り上げるトラック。
歩く人々の合間を縫ってカオルの目の前を猛スピードで横切っていく。
そして――目の前のミラを全力でさらっていった――。
トラックはスピードを落とさずショッピングモールに激突する。
すさまじい衝撃音の後、激突した反動でトラックが壁からゆっくりと離れる。
そして、血まみれになったミラが、壁と一緒に崩れ落ちた――。
カオルはその場に茫然と立ちすくみ、何が起こっているのか理解できない。
周りの悲鳴、救急車を呼ぶ声、カオルには全てがこもったような音に聞こえる。
そして、ゆっくりとミラの元へたどり着き、倒れたミラを抱き起こした。
ミラは完全に息をしていない。
服の上からでも身体から骨が突き出しているのがわかる。
あのスピードと衝撃で助かることは考えられなかった。
カオルは震える手で、涙を落としながらミラを優しく抱きしめた……。
――その後、どれくらい時間が経ったのだろうか……。
ミラの顔にそっと手の平をあてたカオル。
周りの音は何も聞こえず、世界は二人だけのように思えた。
すると――なぜか、ミラに体温が感じられる。
最初は勘違いかと思ったが、間違いないと確信する。
ミラはまだ生きている。
ミラは助かる……そう思ったとき――。
ミラはゴホッと大きく咳き込んだかと思うと突然目を開いた。
そして大量の血を吐きながら、ゆっくりとカオルの顔を見あげる。
カオルは、この事故でまだ命があることに驚きを隠せない。
急いで病院へ――そう思ったとき、カオルはその動きを止めてしまう。
突然、ミラの背後に魔法陣のような何かの紋章が大きく浮かびあがったからだ。
今はそれどころではないのに、なぜか心奪われ茫然と見つめてしまう。
するとその紋章は眩しく光だし、次第に大きくなっていく。
そしてミラとカオルの全身を包み込んだ。
同時に、カオルは一瞬で気を失ってしまった――。
「……はっ!」
意識が戻るカオル。
目を開けた場所は、ショッピンモールの横だった。
「ん? あれ? 僕は何を……」
頭がぼぉっとして意識がはっきりしない。
そのときだった――大きな鳩時計から鳩が飛び出し、そして三回鳴いた。
「え? 三時……? 確か三時に告白しようと決めていて……。そうか……告白しないと」
意識がもうろうとする中、顔を上げてミラを見る。
「あの、星川さん――」
しかしカオルは、ミラの顔を見て言葉に詰まる。
なぜなら、ミラは大粒の涙を流してカオルを見ていたからである――。
「どうして、泣いてるの……?」
「まさか……こんなことって……」
「どうかしたの……? 僕、星川さんに伝えたいことが……」
「ごめん……本当にごめんなさい……」
「なにを謝ってるの……?」
――次の瞬間。
雪でスリップした大型トラックが歩道に乗り上げ、カオルに激しく衝突する。
そして――カオルは死んだ――。
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