第7話

 ユメがいなくなった後、三人の会話は無いまま閉店の時間となった。

 タカノリが最初に無言のまま最初に店を出た。次に着替えが終わったカオルが出てくる。ユメの言葉がショックで、『おつかれさまでした』を言う気力もないまま店を後にした。

 それを見て、流川店長が不思議な表情をしている。

「どうしたんだい、ミラちゃん。彼、何かあったのかい?」

「さぁ……」

「そうかい。いつもちゃんと挨拶する子なのに。めずらしいねぇ」

 店長がそう話かけるが、ミラも思い詰めた様子で反応無く店を出て行った――。


 カオルの家は店から少し遠く、いつも三十分ほどの道のりを歩いて帰宅している。今日は家に帰る足取りが重く、帰宅途中にある公園のベンチに座って一人考えていた。

(ユメの言う通りだ。サヤカがあんな風に言われて何も言い返せないなんて……。明日どんな顔してサヤカに会えばいいんだ……)

サヤカの顔が頭に浮かび、胸が苦しくなる。

(ユメは今と昔の僕を照らし合わせて、今の僕がバカにされてるのを見て、歯がゆくてずっと悔しい思いをしてたのかな……)

 サヤカとユメへの思いが何度も頭の中をループする。すると、悩む心の声が思わず口に出てしまう。

「でも、今の僕はどうしようもできないんだ。なんでもユメみたいに言えないんだ。勇気がでなくて、怖くて、臆病で……言葉が何も出てこないんだ……」

 そして我慢していた涙がポロポロとこぼれ落ちた――。


「正直なのね」


 カオルが顔を上げると、ミラが立っていた。

「ほ、星川さん!」

 カオルは慌てて涙を拭く。すると、ミラはカオルの隣に座った。

「……星川さんの家ってこっちでした?」

「違うわ。私、あなたのストーカーなの」

「ええ?!」

「冗談よ」

「そ、そうですよね……。星川さんみたいなストーカーなら大歓迎ですよ」

「敬語禁止」

「は、はい、ごめんなさい」

「謝るのも禁止」

「えぇ……と」

「あはは。何も話せなくなった?」

 ミラがまた笑顔を見せた。以前みせてくれた練習したという笑顔よりも、更に素敵な自然な笑顔だった。カオルは一瞬で気持ちが落ち着いていくのがわかった――。


「あ、あれからどうかな? 笑顔の練習」

「ん? そうね。学校でもお店でも、まだうまくできないわ。満島くんの前だと、うまくできるんだけど。なぜかな」

 そう言ってカオルを見つめるミラ。カオルは、照れて顔を背けた。

 すると――公園の前に偶然、ユメが通りかかる。

カオルと家が近いこともあるが、しばらく街中を歩いて冷静になり、カオルに謝ろうとカオルの家に向かっている途中だった。

ユメはカオルとミラがベンチに座っているのを見つけ、看板の影に隠れた――。


「花月さんとは、長い付き合い?」

「そうだね。家も近所で幼稚園のころから知り合いで」

「ふ~ん。だから『ユメ』って呼んでたんだ」

「あ、いやそれは……小さいときのなごりというか、クセというか……」

「今日の感じだと、昔の満島くんを今に重ねて、変わって欲しい口ぶりだったわね」

「そうだと思う。昔はよく一緒に遊んだりしてたんだけど、小学校入ってから人と接するのがだんだんと苦手になって、花月さんといるときも、同級生にからかわれるようになって……。そのときも何も言い返せなくてヘラヘラ笑ってばかりだったから、花月さんも離れていったんだと思う。陽木くんも同じだよ。昔は遊んだこともあったのに、いつの間にか何も話さなくなったんだ……」

「そう……」

「あのときこうしたらよかった……なんてよく言うけど、僕は過去に戻っても自分を変える自信がないよ。怖くて勇気が出ないんだ」

「それじゃあ、私と同じじゃない」

「星川さん……と同じ?」

「だって、私が感情表現うまくできないの知ってるでしょ。それと同じだからよくわかるわ。私も自分でコントロールできるなら、もっと笑顔で友達もいっぱいできて……って考えてもみたけど、できないものはできないわね」

「星川さんもそうなんだ……」

「だから、私は何もアドバイスできないし、助けてあげられないわ!」

「……ふふふ……。あははははは!」

「な、なにがおかしいの?」

「いや、ごめん……。そんなこと、自信たっぷりに言われたの初めてで」

「でも、過去のことは無理でも未来のことはわからないわね。私は何もアドバイスできないけど、満島くんはアドバイスしてくれたじゃない」

「え? 僕何かした?」

「自分も友達がいないのに、私には友達ができるように笑顔のアドバイスをしてくれたじゃない――あ、でもかわいい友達できたんだったわね。先を越されちゃったわ」

「い、いやいやいやいや、あれは……その……」

「別に隠すことないじゃない。水無月さんって、あの綺麗な感じのお嬢様タイプの――」


 ――二人のやり取りを少し離れているところでユメは見ていた。

『……それで、水無月さんはね……』

『へぇ……、彼女ってそんな感じ……』

 二人が楽しそうに話す言葉が、途切れ途切れに聞こえてくる。

ユメはカオルの家に行くことをやめ、落ち込んだ様子で家へと帰っていった。

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