第4話

 カオルはミラと話せるようになり喜んで学校へ向かうが、期待も空しくその後ミラから話かけられることはなかった。そしてカオルから話かける勇気も当然なく、二人の関係は結局何も変わらないままであった……。

そしてそれは、ミラとユメの間も同じだった。二人はその後も会話が無いままで、何事も無かったかのように通学している。カオルの不安をよそに、カオルの周りは平和な日常を取り戻した――かと思ったが、実際はそうではなかった。

思いもしなった事態にカオルは毎日悩まさていたのだ。

その原因はサヤカであった。彼女はなぜか、毎日カオルの隣で昼食をとるようになり、その原因不明の行動が、カオルを悩ませていたのだ。

昼休みになるとカオルの前にふらっと現れるサヤカ。そして、最初に軽く挨拶だけしてカオルの隣に座る。その後弁当を食べ始め、結局何も話しかけてこない。食べ終わると熱いお茶をゆっくり飲んだ後、一人で教室に戻っていく――の繰り返し。

カオルは、その行動の理由を確認する勇気がなく、何も会話がないままの昼食が数日続いた――。


そんなある日のこと。もう我慢の限界となっていたカオルは、試しにいつもと違うベンチに移動してみることにした。少し離れたところの、テーブルがある四人掛けのスペースだ。サヤカは自分の隣ではなく、あのベンチが気にいってるのかも。たまたま座りたいベンチが同じだっただけ――そんな理由で自分を納得させようとするカオル。

カオルが移動した後、すぐにサヤカが屋上へとやってきた。そしていつものベンチにカオルがいないことに気づきキョロキョロしている。明らかにカオルを探しているようだ。

カオルはどきどきしながら様子を見ていると、すぐにサヤカと目が合ってしまう。するとサヤカは一瞬悲しそうな顔を見せた後、やれやれという呆れた表情に変わり、すぐにスタスタと歩いてカオルのところにやって来た。

そして、弁当箱を机の上にドンっと置き、前の席に座って挨拶する。

「ごきげんよう!」

「あ……おはよう……」

カオルは自分のとった行動が後ろめたく思い、目を合わすことができない。

この数日のサヤカの行動は、誰が見てもカオルとお昼を食べようとしていることは明白で、こんなテストをしなくてもわかることだったのだ――。


 サヤカはカオルが席を移動した意図がわかったのだろう。食事をしながら明らかに怒っているように見える。

サヤカの気持ちを考えると、カオルは胸が苦しくなり、そして自然と口が開いた。

「あ、あの……水無月さん」

「何かしら!」

「あの……ごめん……」

 カオルは自分がサヤカにしたことの後悔から涙が出そうになるのを必死にこらえている。

 それを見たサヤカは飲みかけのお茶をぶっと噴き出した。

「ど、どうしたの?! あなた泣いているのかしら?! 泣きたいのはこっちですけど!」

「こんなやつ、友達ができなくて当然だよ……」

「友達……?」

「僕は……友達ができないのは、自分の見た目の問題とか、僕が嫌われているからとか、そういうのを理由にして自分に言い訳してきたけど、違うんだ。自分から壁を作っていたんだ。水無月さんにも、今とてもひどいことをした……」

「それで……どうするおつもりですの?」

「え? それは……」

 サヤカは冷静に、ポットから熱いお茶を注いだ。

「まあ、これでも飲んでちょっと落ち着いたらどうかしら」

 カオルは震える手でコップを持ち、お茶をすする。一息ついたのを見て、サヤカは話を始めた――。


「私は高校を卒業したら父が決めたアメリカの大学に行くことになっていますの」

「アメリカに?」

「そう。父が決めたことは絶対、っていう家なんです。高校も本当は白鷺女子に行きたかったけど、父はこの学校の理事をしてるからこの学校でなきゃ駄目だって言われて」

「そうなんだ……」

「だから私は周りと壁を作った。来たくもない学校に入らされたし、どうせアメリカ行くなら友達作っても別れることになるし、それならって……」

「そうか……。やっぱり、水無月さんは自分から壁を作ってたんだね……」

「っていう嘘で言い訳ばかりしている女なんです。私は」

「え? 嘘? どの部分が?!」

「アメリカと高校の話は本当。でも、友達が出来ない理由が嘘。私はプライドが高くて、友達ができない理由を周りのせいにしているの。本当は、どうやればいいのかわからないだけなのに」

「水無月さん……」

「あなたは、自分で意識して壁を作ってるんだろうけど、私はちょっと違うのかも。作りたくもない壁が勝手にできちゃってて、それを壊す方法がわからないんだわ」

「壁が壊せない?」

「そう。あなたと違って人と話すことはできるし、話しかけるのも平気。でも、そこからどうやって壁を壊すのか……友達になるのってどうすればいいのかわからないのよ」

「……くくっ……」

「な、何がおかしいの?! 人が真剣にお話してますのに!」

「ごめんごめん。水無月さんって不思議な人だね……。いきなり友達じゃない人の隣に座ってお昼食べるのって、すごい勇気のいることだよ。そこまでできる勇気があるなら、その先なんて簡単だと思ったんだけど」

「それは、どうすれば?」

「もう何もすることないよ。普通にこうやって、お話すればいいんじゃないかな……」

「そ、そんなことで友達になったと言えるのかしら?!」


「言えると思うよ。だから僕たちもう、お友達ってことでいいんじゃないかな」


「え……?」

「だって毎日お昼一緒に食べてるし、話もできるようになったし。もう友達なんだと思うんだけど……」

「そんな……私と……」

「あ、いや、ごめん! 駄目ならいいんだ……」

「この話の流れで駄目なわけがないでしょう! これでお断りしたら、私って頭おかしい人だわ……。そ、それじゃあ……よろしくお願いします」

 サヤカはうつむきながら、珍しく微笑んでいるように見えた――。


「ということは、私との間にあった壁は壊してくれたということ?」

「そうだね……。水無月さんは、なんか話しやすいんだよなぁ。どうしてだろう。あまり緊張もしないし。普段なら、こんな綺麗な人と話しすると緊張して――」

 カオルは、自分が言ってる言葉に恥ずかしくなり、顔を背けた。

「な、なに言ってるの?! お友達になったとたん、私を口説いているのかしら?!」

「ち、違うよ! 友達の間にはそういうのは無しだよ!」

「ふふふ、それは同意するわ。でも、ありがとう……」

 お互いに高校で初めて友達ができた日となった。

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