第2話
一限目の授業も終わり教師が退室すると、全員がミラとユメに注目する。
『さっき、星川が花月に何か言ったんじゃないか?』
『よく聞こえなかったけど、喧嘩?』
『星川ってワルなんだろ? 怖えぇ』
『満島が間に挟まれてるよ、うける』
『天河高の二大美女に抗争勃発か?』
ぼそぼそとクラスメイトの声が聞こえる中、カオルはうつむいたまま動けない。
(星川さんは、明らかに僕をかばってくれた……。でも、どうしたらいいんだ。ユメが僕にいろいろ言うのはいつものことだし、そんなに気にしてなかったけど……。ユメがこのまま黙ってるとも思えないし……)
すると、教師が廊下の窓から顔を出し、声をかけてきた。
「あ、そうだ、今日の日直は……満島と水無月か。さっき集めた全員のノート、職員室まで届けといてくれ~」
(こんなときに!)
カオルは後ろ髪ひかれながらもノートを半分持って教室を出るが、二人のその後が気になって仕方がない。
(急いで職員室に届けてすぐに戻ろう……)
そう思い、歩くスピードを上げたとき、一緒に運んでいる女子生徒がノートを廊下に落としてしまった。
「ちょっと! もう少しゆっくり歩けないのかしら?!」
「ご、ごめん……
――顔を赤くして怒りながらノートを拾う女子生徒は『水無月サヤカ』といった。天河高校で唯一、黒塗りリムジンの送迎車付きで通学している超お嬢様である。背は低めでストレートの長い髪。そしてミラやユメに負けないほどの美人であるが、全ての人間が自分より下に見ているのではと思われる節があり、誰も周りに近づかない。本来であれば私立の名門校に行くはずが、何か理由があってかカオルと同じ庶民的な天河高校に通っている――。
「お願いしますわ……」
「ごめん、ゆっくり歩くよ……」
サヤカは、少し緊張した様子で、コホンと咳払いしてカオルに話しかける。
「そ、それより、さっきの二人は喧嘩してたのかしら?」
「え? いや……喧嘩っていうことでもないとは思うんだけど……」
「あの二人はあなたを取り合ってたのかしら?」
「そんなわけないでしょ!」
「どうして、そんなわけないの?」
「いやだって、僕みたいなものを二人が取り合うわけないし! そうじゃなくって……ユメが僕にいろいろ注意してたときに、星川さんがかばってくれたみたいになって……」
「……それで……あなたどうしますの?」
「……それは……」
カオルは次々とくる質問に答えながらも少し驚いていた。
もう三学期になるが、学校でユメ以外の女子に話しかけられること自体が珍しく、サヤカと会話したこともほとんどなかったからだ。また、サヤカはカオルと同じく友達はいないように見えたが、それは自分から意図的に遠ざけているようにも見えていた。
「……どうしたらいいのかな……」
「そんなの私でなくて、お友達に相談してくださいな」
「いや……でも僕……友達いないから……」
「そう……ですの……」
二人は職員室へノートを届け終わり、教室に戻り始めた。
するとカオルは行きとは違って、だんだんと足取りが重くなってくる。
「大丈夫かな……大変なことになってたらどうしよう」
「大変なことって、二人で言い合いとか、取っ組み合いの喧嘩になってるってことかしら」
「星川さんはそんなことしないと思うんだけど、ユメは気が強いからなぁ……」
「ユメ……ねぇ……」
二人が教室の中に入ろうとしたとき、授業開始のチャイムが鳴る。カオルが恐る恐る扉を開けると、意外と教室内は静かで全員が席に着いた状態だった。
「おい、お前たち早く席につけよ」
いつの間にかカオル達の背後に立っていた二時限目の教師に注意される。
カオルは慌てて席に戻りながら、ミラとユメの顔をちらっと見た。すると、ユメは険しい顔のまま、ミラの反対側を見るようにそっぽを向いており、ミラはいつものように無表情で教科書をぱらぱらとめくっているが見えた。
その後三時限目、四時限目と進むが、ミラとユメの間には何も起こらなかった……。ユメの友人達も気にして、朝のミラの発言のことは何も言わないようにしていたようだ。カオルも同様に、ミラとユメに何も言えないまま昼休みとなった――。
天河高校の屋上は花や天然芝が植えてあり、ベンチやテーブルも多数設置されている憩いのスペースとなっていた。
カオルはいつものように、この屋上で一人昼食をとっている。昼休みはここで時間を潰すことが日課となっており、気持ちが休まる貴重な時間だったのだ。
すると、聞いたことのある声で突然話かけられた。
「あら、あなたここでお昼食べてるの?」
カオルが顔を上げると、そこには弁当箱を手に持ったサヤカが立っていた。
「あ……水無月さん」
すると、サヤカは何も言わずに、カオルが座っているベンチに並んで座り、弁当箱を開けて昼食を取りはじめた。
カオルは突然のことに目を丸くしてサヤカの顔を見るが、サヤカは目を合わそうともせず、黙々と食事をしている。カオルも話かけることができず、結局最後まで二人が会話することはなかった――。
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