第1章

第1話

 カオルは、ホームルームが終わったのを見計らってそっと教室に入った。

 一限目が始まる前で騒がしい中、そそくさと自分の席に向かう。

 ミラは隣の席である。途中、ミラの顔をちらりと見たが、笑顔はなくいつもの暗い顔で座っていた。

 すると、ミラと反対側――黒板に向かって右隣に座る女子生徒が声をかけてきた。

「何、堂々と遅刻してんのよ。あんたさっき、下にいなかった?」

「ははは……ちょっとトイレだよ、花月ハナツキさん」

「きたないわね。こっち寄らないで」

 ――肩まである綺麗な黒髪を指先でくるくると回しながらカオルを威嚇する少女。名前は花月ユメといった。ミラに負けないほどの美少女であるが、ミラと違い社交的で男子にも人気がある。カオルとは幼稚園から同じで幼馴染ではあるが、二人の関係は良好ではない。タカノリ同様、昔は遊んだこともよくあったが、最近では目の敵のようにされている。しかし、クラスで唯一カオルに話しかける人物でもあった――。


「あんたさぁ。最近バイト始めたんだって?」

「ええ? なんで知ってるの……」

「この前、陽木が言ってたわよ。ファーストフードのフロアーなんでしょ? あんたみたいなのが、よく面接通ったわね」

「そう……だね……。ははは……」

「あの店って、家から遠いじゃん。なんであの店にしたのよ」

「えっと……それは……その……」

「なによ。相変わらず、うじうじしてるわね! イライラするから、もっとしっかりしたら?」

「ご、ごめん……」

「ほんとに、あんたは――」


「誰でも、あなたみたいにできるわけではないわ」


 ミラが突然口を開いた。前を向いたままではあるが、その言葉は間違いなくユメに対してのものだとわかった。

それは周りの生徒達にも聞こえたようで、教室内が一瞬で静寂に変わった。

ユメとミラが会話しているところは、ほとんど誰も見たことがない。突然注意されたユメ自身も驚いて固まっており、カオルも頭が混乱している。

(今のはもしかして……いや、もしかしなくても確実にユメに言ったぞ……。星川さんはどうしてこんなことを……。なんか、僕をかばったみたいな感じになってるし、これはやばい事態だぞ……。あぁ、ユメが立ち上がった。これはまずいことに――)


「なんだ、みんな今日は静かじゃないかぁ。それじゃ、始めるぞぉ」

 扉が開いて教師が入ってきた。

ユメは何かを言い返そうとしていたが、教師を見て何も言わずに席についた。

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