僕の愛した女神が本当に女神様だった話

はるなん

プロローグ

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「いらっしゃいませ……」


ここは日本のとある街にあるファーストフード店。

一人レジに立つ少女の不愛想な声。

Aセットを注文した男性客は、その接客態度が気に入らなかったのか、店内でのお召し上がりをキャンセルし、眉間に皺を寄せながら商品を受け取ると足早に外へ出て行った。


「ありがとうございました……」


 少女は気だるそうに言葉を発しながら、笑顔なくペコリとお辞儀をした。すると、客の姿が消えるのを確認した後、両手拳を胸の前でぐっと握り、なぜか小さくガッツポーツしている。

その少女は全くやる気がないように見える接客態度であったにもかかわらず、本人にしかわからない達成感があったようだ。

少女は『やり遂げたわ』と言わんばかりの充実した表情で、ふぅっと息を吐きながら額の汗を拭った。


「くっくく……」

 その一部始終を、横で仕事しながらこっそり見ていた少年がいた。

彼は我慢できずに笑い声を漏らしてしまう。すると少女がそれに気づき敏感に反応する。


「なに? 満島ミチシマくん」

 ――少女にぐっと睨まれたその少年の名は『満島カオル』といった。私立天河テンカワ高校に通う一年生で、二人は同じクラスである。真面目な少年ではあるが、気弱でおとなしく、そして顔はお世辞にも良い方とはいえない。激しくいじめられているわけではないが、友達は一人もおらず、クラスでは『ぼっち』状態である。しかし彼はその少女が好きになり、勇気を出して同じ店でバイトを始めてしまった。ストーカー一歩手前の少年である――。


「い、いや、なんでもないよ! ごめん……星川ホシカワさん……」

 ――カオルが焦りながら頭を下げた少女は『星川ミラ』といった。細見長身でかなりの美少女である。金髪に近い茶髪のショートボブでピアスをしており、少しやんちゃに見える容姿をしているが、日本とイギリスのダブルで帰国子女らしく、今年からカオルと同じ天河高校に通うようになった。しかし、いつも不愛想で無表情。怖くて近づく者がおらず、カオルと同じく友達はいなかった――。


「そう。でも、すぐに謝るの辞めた方がいいと思う」

「え……? ごめん……。あっ、いや、その……わかりました……」

「その敬語も。同級生なんだし」

「そ、そうだね……」


(さ、三回! 最多記録だ!)

 ミラと会話でリレーした回数の、最多記録が出たらしい。

 ミラの話し方はいつも高圧的で常人だと心折れそうになるが、カオルの場合は好きの気持ちがそれを上回り感覚が麻痺しているようである。二度とないかもしれないこのチャンスを逃がしてはならないと、続けてミラに話かけた。


「あの……星川さんは、どうしてこのバイト始めたの?」

「お金がいるからよ」

「そう……だよね」


(会話が終わってしまった!)

 後悔するカオルをよそに、フロアーの奥から女性の店長が顔を出しミラに声をかけた。

「ミラちゃん、ポテト補充しといてね~」

「はい」

 奥の厨房に入っていくミラを残念そうに見つめるカオル。

「いいなぁ、店長。僕も「ミラちゃん」ってよんでみたいものだよ……。それにしても、星川さんは本当に綺麗だなぁ。まじ女神だよ~」

一人ぼそぼそと呟きながら受付の拭き掃除を続けていると、入り口の自動ドアが開き一人の少年が入ってきた。


「おつかれさまでーす」

「おつかれさまです……。陽木ハルキくん」

 ――その少年は『陽木タカノリ』。カオル達と同級生で、偶然にも同じクラスである。眼鏡をかけており、少し茶髪で耳にはピアス。カオルとは正反対のチャラい見た目であるが、学年一、二を争う秀才で、そのギャップから女子生徒には多くのファンがいるようだ。カオルとは小・中学校も同じで、同じクラスになったこともあった。過去に数回遊んだ記憶もあるが、いつの間にか二人の間には壁ができてしまったようだ。そのタカノリも高校ではなぜか友達は少なく、学校では一人でいることが多いようだった――。


 タカノリは挨拶するカオルの顔を一瞬見て、ペコリと軽く会釈した後、何も言わずに奥の更衣室へと消えて行った。



 閉店の時間。着替え終わったカオル達が店を出ようとしたとき、店長に呼び止められた。

「今日予約あった客がドタキャンしてさぁ。この商品残っちゃったから食べていいよぉ。あ、持って帰ったらだめよ。ここで食べてってね~」

「あざっす。流川ルカワ店長。 やった、ラッキー」

「いただきます。アヤメさん」

 タカノリとミラは商品を一つ手にとり、空いている席に離れて座った。

 ――その女性店長の名は、『流川アヤメ』といった。元ヤンらしく、怒るとかなりおそろしいことになるが、サバサバした性格でデリケートな部分も気にせずズカズカと踏み込んでくる。バイトには厳しい店長であるが、ミラのことを気にいっているのか、接客態度にもあまり厳しく注意することはなかった――。


「じゃ、じゃぁ。僕も……」

 カオルも商品を手に取り少し離れた別の席に一人座るが、店長は三人が離れて座るのを見て飽きれた顔をしている。

「ちょっと、あんたたち……バイト仲間なのにそんな離れて。確か同じ学校じゃなかったっけ?」

「え? そうっすよ」

 タカノリがジュースのストローをくわえながら答えた。

「あ、別のクラスなの? お互いのこと知らないんだ」

「いえ、同じクラスっすよ」

「なに、それ! みんな仲悪いんだ! ははは!」

店長は長い茶髪を揺らして笑いながら奥へと消えて行った――。


「じゃあ、俺帰るわ。おつかれ~」

 先に食べ終わったタカノリはそう言って、店から外へ出て行った。

 残された二人は、一言も話さずバーガーを食べている。

(うぅ……二人っきりになれてうれしいけど、駄目だ緊張する! 早く脱出しないと!)

 カオルはまだ半分は残っているバーガーを大急ぎで口の中へと放り込む。そして、ジュースで一気に流し込んで席を立とうとしたとき、突然、目の前の席にミラが移動してきた。

「あ、もう帰る?」

「ええ?! えっとぉ……。もう一個食べよっかなぁ……」

 カオルは驚きで心臓が飛び出そうになりながら、震える手でバーガーをもう一つ取り席に戻った。しかし緊張で、目の前に座るミラの顔が見れない。

 カオルはパニックとなり、頭の中が高速回転する。

(なんなんだ、今日は! 何度も話かけられるし、前に座られるし、どうなってるんだ! でも……星川さんはどうして僕の前に移動したんだろう。僕とお話したいとか―――)


「今日、どうして私を見て笑ったの?」


(そのことか! そうだよなぁ、やっぱり怒ってるんだよなぁ。でないと話かけてくれるわけないし。でも……なんて答えたらいいんだ。かわいかったからずっと見てただけです、なんて言ったりしたら気持ち悪がられて終わりだぞ。いやいや、そもそも何も始まっていないし――)


「ちょっと、聞いてる?」

「え?! ああ、ごめん!」

「今日、私のこと見て笑ってなかった?」

「……いえ、そんなこと……ありました……」

「私、あのお客さんに変なことしたのかな」

「いやいやいやいやいや、何もしてないよ。大丈夫だよ!」

「それじゃあ、どうして……」

「それはその……お客さん帰った後で、なんかやり遂げた感じでうれしそうだったから、それ見てなんかちょっと……。ごめん、なんか気を悪くしたみたいで……」

「よくわからないけど、何かミスってたわけではないのね」

「ミスなんて全然なかったよ。でも、星川さんって不思議な人だと思って。いつもバイト嫌そうで、気だるそうに接客しているのに、お客さん帰った後での達成感が伝わってきて、なんかそのギャップで――」

「ちょっと待って」

「はい?」

「どういうこと?! 私がバイト嫌そうで、気だるそう?!」

「え……? 違い……ましたか?」

「なになになに、そうなの? 私ってそう見えるの? まじで……そうなの……まいったわ……」

「ええ? だって、いつもお客さん相手に真顔で暗いし、ハキハキしてないし……」

 それを聞き、目を見開いて眉間に皺を寄せるミラ。

(まずい……! もしかして地雷を踏んでしまった?!)

 カオルは大きく後悔したが、吐いた言葉は飲み込めない。その後、何とフォローすればいいのか、何も言葉が思いつかなかった。

しばらくの沈黙の後、ミラが両手で髪をかき上げながら、ふうっと息を吐いた。


「そんなにはっきりと駄目出しされたのは初めてね……。私、自分ではちゃんとしてるつもりだったけど、全然できてなかったのね。あっ、だから学校でも誰も私に話かけてくれないのかしら……」


 カオルはその言葉を聞いて衝撃を受けた。ミラは想像していたタイプの女性とは全く違ったからだ。周りとは壁を作り、人を寄せ付けず、いつも斜に構えていてドライなタイプかと思っていたが、実は真面目でうまく感情表現ができない不器用な少女だったのだ――。


「僕が言うのもおかしいんだけど……。星川さんなら笑顔で話かけるだけで、みんなとすぐに仲良くなれると思うよ」

 カオルは、『ぼっち男がなにえらそうに言ってんだ』と思いながらも、何か声をかけずにはいられなかった。

「笑顔か……。私、やってるつもりだけどできてないのね」

「そういえば僕、星川さんの笑顔みたことないな」

「どうすればいいのかな……」

「う~ん。鏡見て練習するとか?」

「鏡……? そういえば、家に鏡が無いわね」

「ええ?! 家で鏡見ないの?」

「そういえば見てないわね。窓に映したり、スマホで見たりとか……」

「それでもいいだろうけど、鏡は買った方がいいよ! 家に鏡が無い人なんて初めて出会ったよ」

「わかった。早速、今日買いに行くわ」

 カオルは、『僕も一緒に行こうか』と言いたかったが、勇気が出ずに断念した。

「それじゃ帰るわ。おつかれさま」

 ミラは足早で一人店を出て行った。



 次の日の朝。

 学校の下駄箱前にいたカオルは声をかけられ、振り向くとそこにはミラが立っていた。

 ミラを見たカオルはこの後、、驚いて五分ほど動けなくなり遅刻することとなる。

 なぜなら、ミラは今まで見たことがない、素晴らしくかわいい、最高、満点の笑顔でそこに立っていたからだ――。


「おはよう!」

「お、おはよう……」

 すると、ミラはすぐにいつもの真顔に戻り、カオルに顔を近づけ耳元で囁いた。

『昨日、鏡で練習してみたんだけど……どうかな』

『ひゃ、百点です……』


 それを聞いてミラは上機嫌で廊下を歩いていく。

 カオルは、ミラの笑顔に心打ちぬかれ足が動かない。あまりにも素敵で、ミラの背中には羽が生えているように錯覚した……。


「まじ……女神だ……」

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