第14話 最後の試練

 気が付けば、一ヶ月という時が静かに流れていた。


 庭に佇むレインを見つめながら、チャールズの胸に安堵と感慨が込み上げる。


 特に付与魔術も、レインは見事に会得し、むしろ自分を凌駕する領域にまで至っていた。


 しかし、チャールズはある不思議な様子に気づいていた。


 家に伝わる秘術を使っていないはずなのに、レインの周りには微かな魔力の波が漂っているのだ。


 シルフィード家には代々、魔力を感じ取る鋭い力が備わっている。


 その波の性質は、あまりにも見覚えがあった——それは、リリアの身に纏う魔力とほぼ同じものだったのだ。


 この不思議な現象は、チャールズの知る全てを超えていた。


 恐らくレインとリリアの間には、目には見えない深い絆が結ばれているのだろう。


 だが、その正体は依然として謎に包まれたままだった。


 書斎の窓辺に立ち、庭で真剣な表情で剣を振るうレインを見守る。朝日が少年の姿を優しく照らし、その影を庭石に長く伸ばしていた。


 もう、この不思議を追い求める時ではないと、チャールズは静かに悟っていた。


 一人の父親として、今できることは、ただ見守ることだけだった。

 子供たちが自分の道を歩み、自分だけの物語を紡いでいくのを。


 穏やかなそよ風が遠くの花の香りを運び、そして近づきつつある別れの予感を伝えていた。


 レインの剣を振る音が、朝の静けさの中に響いていく。


 夜も更けた頃、一日の厳しい訓練を終えたレインは自室に戻った。

 夜の静けさの中、身体を清めた後、ベッドに腰掛け、能力表示を呼び出した。一ヶ月の猛練習の成果が、数値となって現れている。


【ステータス】

 名前:レイン

 レベル:18

 魔力適性:F(無適性)


【能力値】

 生命力: 5+8

 精神力:21+6

 持久力: 5+8

 筋力: 3+8

 技量:18+6

 知力:21+5

 感知:11+9


【習得技能】

「四方斬り」「円舞剣」「剣刃乱舞」「剣技『高山流水』」「付与魔術」「ミカエルの加護」「鑑定」「危険感知」...


【特記事項】

 ・魔力適性Fにより魔法の使用が制限される


 厳しい訓練の甲斐あって、剣術も魔術も、能力値は着実に伸びていた。


 そして何より嬉しかったのは、基礎能力の成長だった。

 レインは思わず微笑んだ。


 それは、遠く離れた場所でリリアもまた、強くなり続けているという証だった。

 その事実が、彼の心をより一層奮い立たせた。


 月明かりが窓から差し込み、能力表示の青い光と混ざり合う。明日もまた、新たな強さを求めて剣を振るう。


 疲れた腕をさすりながら、レインはこの一ヶ月を思い返していた。


 朝露の中で剣を振るい、汗を流した朝の稽古。そして夜には、蝋燭の明かりを頼りに、一人黙々と本を読み漁った時間。


 全てが、今の自分を作り上げる大切な一コマだった。


 窓の外に広がる星空を見上げる。無数の星々が、静かに瞬きを繰り返している。レインはそっと息を吐いた。


 旅立ちの時が、すぐそこまで迫っていることを、彼は肌で感じていた。これまでの日々は、その準備に過ぎなかったのかもしれない。


 .....


 訓練場に朝の光が差し始めていた。父子が向かい合って立ち、緊張感が空気を震わせている。


 レインの旅立ちを前に、これが恐らく最後の試練になるだろう。


 レインは双手で剣を構え、重心を低く保ちながら、全身の筋肉を戦闘態勢に置いていた。


 対するチャールズは、片手で剣を軽く握り、一見すると何気ない立ち姿。

 だが、その佇まいからは息を呑むような威圧感が漂っている。


「始めよ」


 チャールズの声が場に響き渡る。


 その瞬間、レインの姿が一閃。朝靄に煌めく銀光となって、父の喉元へと襲い掛かる。

 父の認めを得るには、全力で挑むしかないことを、彼は知っていた。


 軽やかでありながら鋭い足さばき。日々の鍛錬の成果が、その一瞬の動きに結実していた。


 チャールズは僅かに腕を上げ、剣を微かに傾けただけで、その鋭い一撃を受け流した。

 その目には薄らと褒めるような色が浮かんでいたが、レインの口元にこぼれた微かな笑みには気付いていない。


 剣と剣がぶつかる反動を利用し、レインは跳躍。空中で、しなやかな猫のように体を捻り、その長剣は朝日に輝きながら優美な弧を描く。


 着地した時には、既にチャールズの背後へ。剣先は、父の急所である背心を正確に捉えていた。


 チャールズの目に安堵の色が浮かぶ。息子の戦いの勘は確かで、決して無謀ではない。


 やや慌ただしく身を翻し、剣身で不意の一撃を受け止める。剣と剣が交わる清冽な響きが、訓練場にこだました。


 だが、レインの攻めは止まらない。

 剣撃が驟雨のように降り注ぎ、一撃一撃が急所を狙い済まされている。チャールズも、わずかながら真剣さを増さざるを得なかった。


 今のレインは、家門の剣術を完璧に使いこなすだけではない。戦いの中で柔軟に対応できる応用力も身についている。


 その才覚と戦いの勘の良さに、チャールズも感心せざるを得なかった。


 レインは背後からの一撃を受け止められると、瞬時に技を変えた。剣の柄を握り締め、反動を利用して左側に転がり、チャールズの反撃をかわす。


 剣先が地面を掠め、火花を散らす。その勢いのままに身を翻し、再び父に向かって突進する。


 今度の戦法は違った。

 正面からの突きではなく、より柔軟な斜めからの斬撃を選択する。刃が空を切り裂き、銀光を放ちながら、チャールズの左肩を狙う。


 チャールズは軽く剣を上げて受け止め、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

だが、反撃しようとした瞬間、レインの動きは彼の予測を裏切る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る