第13話 静かな願いと見守る気持ち

 レインは真剣に頷き、父の言葉を心に刻んだ。

 青白い燭光の下、チャールズが木剣を手に取り付与台へと向かう様子を、彼は食い入るように見つめた。


 チャールズの影が黒い壁に長く伸び、付与魔術の実演が始まった。


「まずは、魂石から魔力を引き出す。ゆっくりと、慎重にな」


 チャールズの手から淡い光が放たれ、木剣を包み込んでいく。


「次に、魔力の流れを整える。まるで小川の流れを導くように」


 薄明かりの中、魔力が木剣の表面を這うように動いていく様子が見えた。


 実演を見ながらの丁寧な指導に、レインは付与魔術の基本的な理論と手順を徐々に理解していった。

 まだ完全な付与は成功しないものの、その本質は確かに掴みつつあった。


(「付与魔術」を手に入れた。物品に簡単な魔法能力を付与することが可能になった....)


 時は早く流れ、夜を迎えていた。


 澄んだ月の光が大窓から差し込み、闇の中のレインの姿に銀色の輪郭を描いていた。


 窓辺に寄り掛かった彼は、遠くに連なる山々と、その間に散りばめられた灯火を眺めながら、物思いに耽っていた。


 昼間の記憶が鮮明に蘇る。

 父の丁寧な指導、付与台の上で踊る魔力の光、そして深遠でありながら心を惹きつける魔法の知識。


 まだ付与魔術を完全に使いこなすことはできないが、この不思議な領域に一歩ずつ近づいているのを感じていた。


 しかし、夜の帳が下り、一人きりになると、錯綜する想いが押し寄せてくる。

 この数日間の出来事は、まるで突飛な夢のようだった。


 教会でのあの日から、運命の歯車は狂ったように回り始めた——


 あの謎めいた混沌の魔力、伝説の英雄メル、リリアの突然の別れ、あの不思議な声、そしてまるでゲームシステムのような奇妙な力......


 レインは窓ガラスに手を当てる。


 冷たい感触が、彼の混乱した思考を少し整理させた。


 まるで見えない力に押し動かされるように、未知の方向へと進み続けているような気がしていた。


 運命に翻弄されているような感覚に不安を覚えながらも、抗うすべはないようだった。


 だが、迷っている場合ではない。

 レインは首を振り、これらの悩みを一時脇に置いた。


 今は一刻も早くエドワーズに向かい、リリアと合流することが先決だった。

 少なくとも、それが今の彼にとって唯一の確かな目標なのだから。


 ......


 書斎では水晶の灯りが黄色く瞬き、深い色合いの木製机の上に揺らめく影を落としていた。


 チャールズは手紙を書きながら、羽ペンを走らせる。

 羊皮紙との擦れる音が、静寂の中で微かに響く。


 灯りに照らされた彼の端正な横顔は、深い陰影を帯びていた。インクが羊皮紙の上を流れるように、整然とした文字が連なっていく。


「謹啓、モリス様


 突然の書面、失礼をお許しください。しかしながら、モリス様にご報告申し上げたいことが多々ございまして......」


 最後の段落に差し掛かり、彼はペンを僅かに止めた。

 言葉を選ぶように。


「そして、もう一つ申し上げたいことがございます。私の息子、レイン・シルフィードのことです。彼はまもなく旅立とうとしております。」


「一人前の貴族となるための必要な道程ではございますが、できましたら、モリス様が管理されているシズク冒険者ギルトに加入させていただければと存じます」


「真の冒険者として成長させていただきたく。その過程で、些かのご配慮とご支援を賜れれば幸いです。この些細なお願いをお聞き届けいただけますと幸甚です」


「チャールズ・シルフィード」




 最後の一文字を記し終えた瞬間、微かな羽音が聞こえた。

 漆黒の鴉が音もなく彼の肩に舞い降り、赤い瞳が闇の中で微かな光を放っていた。


 チャールズは手紙を丁寧に折り畳み、この神秘的な黒鳥に託した。

 鴉は手紙を咥え、羽を広げて夜空へと飛び立ち、瞬く間に闇に溶けていった。


 彼は彫刻の施された木製の椅子に深く背を預け、長い息を吐いた。


 水晶灯の光が彼の表情を照らし出す。

 その深い瞳には数えきれない秘密が宿っているかのようだった。


 チャールズは窗の外の夜景を見つめながら、物思いに沈んだ。


 書斎の静寂の中、彼は呟いた。


「穏やかな日々も、少し長すぎたかもしれないな......」


 ......


 夜明けの庭に木剣が打ち合う音が響く。


 チャールズの指導の下、レインの剣術は日に日に上達していった。

 基本的な構えから複雑な攻撃技まで、驚くべき速さで習得していく。


 午後の書斎では、レインが付与台の前で黙々と魔法の古書を研究し、時折付与術の練習に励んでいた。


 指先で踊る青い魔力の光は、物品と完璧に調和していく。

 その理解力にチャールズは驚嘆を隠せなかった——わずか数日で生徒の域を超え、まるでこの術が魂に刻まれていたかのようだった。


 書斎の扉の外に立ち、息子の練習する姿を見つめるチャールズの胸中には、様々な感情が渦巻いていた。


 当初は普通より少し才能があると思っていただけだが、今では確信していた。

 リリアと同じように、レインもまた稀有な才能の持ち主だと。


 この驚異的な才能は、喜びと同時に微かな不安も呼び起こした。


 一人の父親として、レインとリリアがより高みへと登っていくことは必然だと感じていた。


 かつての自分がそうだったように。

 そして彼にできることは、ただその背中を見送ることだけ。


 振り返れば、他の貴族のように子供たちを完璧なエリートに育て上げなかったのは、確かに自分の我儘だったのかもしれない。


 領主でありながら、争いから遠ざかり、家族と平凡な幸せを享受したいと願っていた。


 しかし、運命の歯車は止まることなく前へと進む。

 今、レインとリリアは家族の元を離れ、人生の新たな章を開こうとしている。


 今になってようやく、かつて自分が旅立つ時の両親の気持ちが理解できた気がした。


 廊下の影で、チャールズは苦く、優しい微笑みを浮かべる。


 子供たちを自分の傍らに縛り付けるのではなく、その道を追わせ、ただ静かに見守ること。


 夕陽が窓格子から差し込み、彼の影を長く伸ばしていた。

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