第12話 家族の祝福と付与魔術
「もう十分だ」
チャールズの声が響く直前、その動きは目にも留まらぬ速さだった。
木剣の柄が正確にレインの手首を打つ。
鋭い痛みと共に、レインの木剣が宙を舞う。
「痛っ......」
痺れる手首を擦りながら、レインは苦痛に顔を歪める。
(やっぱり、簡単にやられてしまったか......これが能力値の差なのか)
しかし、先ほどの戦いを振り返ると、まだ信じられない思いだった。
あの木を打ち抜いた時とは違う。
戦いの中で感じた滑らかな戦闘本能、体内を巡る暖かな力、そして直感的な戦闘センス。
チャールズは思案げにレインを見つめる。
「お前、こっそり鍛錬でもしていたのか?今の動きは、戦闘経験のない者のものとは思えない」
レインは一瞬、躊躇う。
神秘的な力を得たことを父に話すべきか?
しかし何かが、今はその秘密を明かすべきではないと告げていた。
予測できない事態を招くかもしれない。
「実は、市場で見かけた放浪者から少し教わっていて......」
レインは、できるだけ自然に聞こえるよう努めた。
チャールズの目が揺れる。
息子の嘘を見抜いていることは明らかだった。
だが、その嘘を暴くことはしなかった。
誰にでも、守るべき秘密があることを理解していたのかもしれない。
「わかった」
チャールズはレインの肩を軽く叩く。
「これからは剣術を教えよう。それに、家に伝わる付与魔術と秘術もな」
地下室の魔法水晶が、静かな輝きを取り戻していった。
長い廊下を抜けると、チャールズはレインを別の部屋へと導いた。
複雑な紋様が刻まれた重厚な木戸を開くと、広々とした円形の空間が姿を現した。
白い大理石で築かれた壁には、微かに魔法の痕跡が浮かび上がる。
床は黒みがかった花崗岩が敷き詰められ、鏡のように人影を映していた。
部屋の中央には等身大の女性像が佇んでいた。
超然とした気品を漂わせるその像は、天使のような繊細な表情を湛え、なびく長い衣をまとい、優美な姿をしていた。
右手を天に掲げ、左手を胸元に添えたその姿は、永遠の讃歌を詠うかのよう。台座には複雑な魔法陣が刻まれていた。
「こちらへ。像の前に立つんだ」
チャールズが声をかける。
「心を空っぽにして、何も考えないように」
レインは頷き、像の前へと進む。
この美しすぎる彫像を最後にもう一度見つめ、深く息を吸って目を閉じた。
チャールズの声が空間に響く。
「偉大なるミカエル・シルフィード女神よ」
「正義と勇気の化身たる御方。凡人として魔法をもって闇を払い、シルフィード家を光明へと導きし御方」
「どうか我が息子レインにあなたの加護を。あなたの叡智が彼を正しき道へと導き、心の曇りを清めんことを」
「私たちは敬虔なる想いであなたの慈悲と恩寵を仰ぎます」
祈りの言葉が終わると同時に、床の魔法陣が淡い光を放ち始めた。
蛍のような光の粒子が舞い上がり、空中で渦を巻き、やがてレインの胸元へと集まり、ゆっくりと体内へと溶け込んでいく。
温かな流れがレインの体内を巡り、先ほどの戦いで感じた疲れや痛みが消えていく。体が軽くなり、新たな力が満ちてくるのを感じた。
(すごい......)
レインが心の中で感嘆する。
すぐさま、何が脳裏に浮ぶ。
(「ミカエルの加護」か?一定時間、魂石・魔法石から魔力を引き出し、魔法を使用することが可能になる....)
最後の光が消えると、魔法陣の輝きも徐々に薄れていった。神聖な儀式は、静寂の中で幕を閉じた。
(こんなにも楽に受け入れられるなんて信じられない)
チャールズはレインを見つめながら、心の中で驚きを覚えた。
かつて自分が祝福を受けた時は、まるで千の剣で突き刺されるような、死ぬほどの苦痛を味わったというのに。
「これから魔力の使い方と簡単な魔法を教えていこう」
チャールズが言った。
「はい、父上」
レインは応えた。
その後、数本の廊下を通り抜け、チャールズはレインをやや小ぶりな部屋へと案内した。
黒い鉄扉を開くと、金属と革と羊皮紙の混ざった独特な匂いが漂ってきた。
薄暗い室内を青白く照らすのは、数基の魔法燭台の光のみ。
漆黒に塗られた壁には、様々な武具が掛けられていた。
普通の長剑から微かな輝きを放つ魔法武器まで、実に多様な品々が並ぶ。
部屋の隅では漆黒の甲冑が佇み、薄闇の中で冷たい金属光沢を放っていた。
壁際の本棚には古い書物が所狭しと並び、背表紙の金箔文字が微かに確認できる。
一角には黒曜石で作られた見事な付与台が置かれ、その表面には複雑な魔法の紋様が刻まれ、周囲には様々な付与材料と道具が配されていた。
この空間で、チャールズはレインに付与魔術の神髄を説き始めた。
「魔法の本質とは、世界の根源たる力——魔力を操ることだ。付与魔術は、その力を物に宿し、超常の能力を与える術なのだ」
薄暗い部屋に彼の声が響く。
「これは高度な魔術技法でな。深い魔法の知識と豊富な実践経験が必要となる」
「通常、生まれながらに魔力を持ち、それを操れる者だけが使える術だが、我々は例外なのだ」
チャールズは付与台の前に立ち、説明を続けた。
「付与魔術では、魂石から魔力を引き出し、対象となる物へと導く」
「そして物の中で、特定の構造と法則を組み立てていく。まるで積み木を組み立てるようにな」
「この過程は複雑だ。付与師は魔力を精密に制御し、物と完全に融合させねばならない。そうして初めて付与は成功し、物は新たな魔法特性を得る」
「少しでも間違えれば、付与は失敗し、物自体が壊れることもある。」
「だが、この技術を使いこなせるようになれば、驚くべき魔法の道具を生み出すことができるのだ」
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