第7話 リリアの背中を追いかけたい、この渇き

 石のベンチに一人腰掛け、レインは無意識むいしきに、その凸凹した表面を指でなぞっていた。


 ここで、リリアは彼の小指を取って、「絶対に会いに来てね」と真剣な表情で約束を求めたんだ。


 灰色の空を見上げながら、苦い笑みが零れるこぼれる

 何かを考えるように、静かに目を細めている。


 庭に吊るされた風鈴ふうりんが風に揺られ、その澄んだ音色が、むしろ静寂を際立たせていた。


 突如として、冷たい声が朝の静けさを引き裂いた。

 蛇の舌が耳を舐めるような、不快な響きだった。


「なんと感動的な兄妹愛でしょう...」


 その声には、明らかな嘲りが含まれていた。


「大切な妹を守りたかったんじゃなかったのかな?」


 レインの指が石の表面を強く掴む。力が入りすぎて、その関節が白く浮かぶ。


「哀れなレインよ。何ができると思っているの?」


 その声は、レインの心の底に潜む恐れを覗き込むかのようだった。


「フレッドがどれほど遠いか、分かっているのかしら?そして、オースティンは今、反乱の炎に包まれている」


「おのれの姿を見てごらんなさい」


 声は囁きに変わり、だが、その一言一句が心を刺し貫いていく。


「最も基本的な魔法すら使えない弱者。そして、リリアは...ああ、あの才能溢れる少女。彼女は星のように輝く運命にある。あなたは?ただの塵に過ぎない」


 その声は、レインの心の防壁を一枚一枚、残酷ざんこくに剥がしていくようだった。最も深い恐れを、容赦なく暴き出して。


「時が全てを証明する、レイン」


「距離は引き離していく」


「その溝は、日に日に深くなっていく」


「いつか、彼女の背中すら、追えなくなるの...」


「彼女をりたいのに、守れない」


「自分すら守れないあなたに、何ができるというの?」


「あなたは、弱すぎる」


 その言葉は、事実という刃となって、レインの心を切り裂いていく。


 レインの意識は幻のように揺らいでいた。


 リリアの突然の別れに、説明のつかない虚しさと悲しみだけが残される。


 前世での兄としての務めを果たせなかった後悔が、亡霊ぼうれいのように心にまとわりついている。

 血を分けた兄妹でありながら、まるで他人のように生きていた日々。


 兄としての責任を果たせなかった罪悪感は、心に深く刺さった棘のようだった。


 記憶は自然と幼い頃へと遡る。

 あの頃のリリアは、無邪気な笑顔を浮かべながら、両親が忙しい時はいつも彼の傍にいた。

 彼女は最も身近な存在であり、人生で最も温かな光だった。


 しかし今、かつて彼の後を追いかけていた少女は大きく成長し、翼を広げて飛び立とうとしている。

 かつては影と形のように寄り添っていた二人の間に、今では越えがたい距離が生まれていた。


 レインを更に苦しめたのは、妹の歩みについていけない自分自身の無力さだった。


 魔法の才能において、リリアは彼をはるかに凌駕りょうがしていた。

 まるで天空を舞う鷹のように、彼女は彼を遥か後方に置き去りにしている。

 その近くて遠い距離感が、彼の心に寂寥感せきりょうかんを刻んでいく。


 様々な感情が胸の内で絡み合う。

 過去への後悔、現在の無力感、未来への不安。

 それぞれが小さな刃となって、心臓を微かに切り裂いていく。

 この複雑な感情は、リリアの別れとともに一層強く胸を締め付けていた。


 レインの瞳孔が開いていく。

 唇が震え、かすれた声で「やめて...」と漏らした。


 その時、声のトーンが一変した。

 まるで恋人が囁くような、甘美な響きに変わる。


「手を貸してあげられる、レイン...力をあげる。永遠に彼女の側にいられるように...」


 レインは突然顔を上げた。瞳に光が宿る。


 この提案に潜む危険性を、理性は必死に警告していた。

 しかし、妹を失うことへの恐れが、全てを押し流していく。


「力を貸してください、リリアの背中を追いかけられる力を!」


「いいねぇ」


 その瞬間、温かく強大な力が体内へと流れ込んできた。

 春の日差しのように柔らかで、けれど抗いようのない力を秘めている。


 レインは思わず周囲を見回した。

 庭には風が葉を揺らす音と、遠くから聞こえる鳥の声しかない。


「今、何て?どういう意味なんだ?」


 彼は空気に向かって問いかけた。声には戸惑いと警戒が混ざっている。


 温かな力が体内を巡り続けている。

 だが、その感覚を言葉で言い表すことができない。測り知れない深さを秘めている。


 神秘的な声が意味深な冷笑を漏らした。その笑みには、彼の無知への嘲りと、何かを悟ったような諦めが混ざっている。


「私の力は、あなたにとっては強すぎるわ。一度では受け止められない」

「じゃあ、私はどうすれば?」


 レインは拳を握りしめた。未知なる存在を前にしても、その声は冷静さを失わない。


「あなたが一番理解しやすい方法で、力を受け入れられるよう手助けしてあげる。そうね...ゲームだと考えてみたら?」


 その声には、どこか面白がるような響きが混ざっていた。


「ゲーム、だって?」

 レインは眉を寄せた。


 木漏れ日こもれびが彼の表情を照らし、考え込む顔に斑模様の影を落としている。


 目を閉じ、前世でプレイしたゲームを思い出そうとした瞬間。意識の中で何かが軽く弾けたような感覚。


 そして突然、半透明なインターフェースが彼の目の前に浮かび上がった。


【ステータス】

 名前:レイン

 レベル:14

 魔力適性:F(無適性)

【能力値】

 生命力: 4+5   ▸ HPの上昇値に影響

 精神力:21+5   ▸ FPの上昇値に影響

 持久力: 5+5   ▸ スタミナの上昇値に影響

 筋 力: 3+5   ▸ 物理攻撃力・防御力に影響

 技 量:16+5   ▸ 詠唱速度・敏捷・武器技量に影響

 知 力:20+5   ▸ 魔法威力に影響

 感 知:10+5   ▸ 状態異常付与・発見力に影響

【習得技能】

 「鑑定」(アイテムや対象の情報を読み取る)

【特記事項】

 ・魔力適性Fにより魔法の使用が制限される

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