第3話 天才美少女リリア?

「エリスさん、マルス王立魔法学院に入学していただけませんか?全額奨学金をご用意します。」


 ヴィクター教授の目が輝きを帯びる。


「いいえ、ウィルソン聖騎士学院の方が良い。」

 クロード騎士が素早く割って入った。

「光属性の魔力は祈祷きとう魔法に最適なのです。それに、ウィルソン聖騎士学院はマルス王立に引けを取りません。」


 二人の言い争いは収まる気配がない。その光景を見つめながら、レインは思わずリリアの手をより強く握りしめた。


「次の方、リリア・シルフィード」


 ソフィア司教の声が途切れるか否か、教会堂内に小さな囁きが広がっていった。


「シルフィード家?魔力のない跡取りあととりが出た貴族だよね?」


「今年は末の娘に望みを託しているとか...」


 ささやき声が次々と重なっていく。容赦ない囁きが教会中に広がっていった。


 レインは拳を固く握り、祭壇へ向かうリリアの小さな姿を見守った。

 今日のために選んだ淡い色の絹のドレスは、彼女を朝露あさつゆに濡れた雛菊ひなぎくのように見せていた。


 リリアは両手を水晶に置いた。最初は、何も起こらなかった。ソフィア司教の優しい表情が固くなり、小さな溜息と共に、次の人を呼ぼうとした。


 その時、水晶の中心が突如として輝きを放ち始めた。


 最初は清らかな白。次いで燃え上がる炎の赤、生命の息吹を感じさせる翠緑、海のような青、大地を思わせる黄土色おうどいろ、眩い黄金色、神秘的な紫色...。


 七色の光が万華鏡まんげきょうのように水晶の中で交錯し、やがて誰も見たことのない色へと融合ゆうごうしていった。


 それは、まるで星空のような漆黒。だがその暗闇くらやみは死のそれではなく、無数の色とりどりの光が瞬く、生命に満ちた闇だった。


 教会は静まり返った。先ほどまでの私語は消え、誰もが息を呑んでいた。


 グレースの魔法モノクルが床に落ちる音が響いたが、誰も気付かない。彼女の指が震えながら水晶を指し示す。


「こ、これは...これは...」言葉を詰まらせた。


「カ、カオス属性...」


 ヴィクター教授が足を踏み外しそうになりながら後ずさった。老教授の顔が驚愕きょうがくで歪む。


 クロード騎士が突然立ち上がった。椅子が床に倒れる音が、静まり返った聖堂に鋭く響き渡る。


 周囲の人たちは呆然としていた。大きく口を開けたまま固まる者、目を擦って夢かと疑う者。


 普段は威厳いげんに満ちた貴族の若様たちさえ、今は作法など忘れ、驚愕の表情を隠そうともしなかった。


 祭壇の上のリリアは、ただ困惑の表情を浮かべていた。何が起きているのか分からず、兄の方を振り返る。


 レインは何かを伝えようと唇を動かしたものの、言葉にはならなかった。


「奇跡だ...これこそ真の奇跡だ!」


 ヴィクター教授は興奮のあまり全身を震わせながら叫んだ。


「お嬢さん、これが何を意味するか分かりますか?あなたはあらゆる属性の魔法を、制限なく操れるのです!」


 モノクルのことなど既に頭にないグレースが祭壇へと駆け寄り、興奮で裏返った声を上げた。


「リリア!どうか私を師として!魔法の奥義をお教えさせていただきたく...」


「いいえ、王立魔法学院こそが彼女にふさわしい場所です!」


 ヴィクター教授が、グレースの言葉を遮るように声を上げた。


 その言葉に、クロード騎士はただ立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。


 議論が白熱はくねつする中、ソフィア司教が突如として厳かに手を掲げた。その仕草一つで、聖堂内の喧騒は水を打ったように静まり返る。


 彼女はリリアの目をまっすぐに見つめ、静かに問いかけた。


「あなたには何が見えているの?」


 リリアは首を傾げて考え込むと、無邪気な笑顔を浮かべて答えた。


「たくさんの色が見えるの。きれいな色がいっぱい、踊ってる!」


 レインは人々に囲まれた妹の姿を呆然と見つめていた。喜び、不安、誇り、恐れ...相反する感情が胸の中で渦を巻く。


 けれども最後には、安堵の微笑みが彼の唇を柔らかく彩った。聖堂のステンドグラスを通り抜けた光が、リリアの姿を優しく包み込んでいた。


 リリアの行く末を巡る議論が白熱する中、轟くとどろく雷のような声が教会に響き渡った。


「もう、よい」


 たった二言。しかしその言葉には、天地てんちをも従えるような威厳が宿っていた。


 突如として、目に見えない重圧が教会全体を覆い尽くした。


 誰もが息苦しさを覚え、まるで見えない山が胸に乗せられたかのような感覚に襲われる。


 水晶の祭壇さえも、その圧倒的な存在感の前では光を失っていった。


 空気が波紋はもんを描くように揺らめき、白髪の老人が祭壇の前に突如として姿を現した。

 その身には、飾り気のない古めかしい灰色の長衣。


 豪奢ごうしゃな装飾も、権威を示す紋章も見当たらない。


 だが、その瞳。深淵しんえんのように底知れぬその眼差しは、万物の真理を見通すかのようだった。


 ヴィクター教授の顔から血の気が失せていた。

 身体は意志と関係なく震え続け、まるで恐怖に凍りついたかのよう。


 口を開こうとするも、声にならない。先ほどまでの威厳ある学者の姿は消え、今や怯えた子供のように立ち尽くすばかり。


 いつも威厳に満ちたクロード騎士の顔が、今は蒼白そうはくに染まっていた。額には冷や汗が浮かび、岩のように頑丈な体格さえもが、かすかに震えている。


 日頃から気品と威厳に満ちた大司教が、片膝をつき、深々と頭を垂れる。


「先生、どうしてここへ...」

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