釣り上げられたボク

「いやぁ、良い朝だ。こんな日は良く魚が釣れる釣れる」

 ある小さな村の東には、巨大な川があった。

 大陸を二分する川の一端は釣りのスポットとして有名であり、村人たちがせっせと釣りをしていた。

「そうですね〜。あ、またかかりましたよー」

「お! こりゃあかなり大きいぞ!!」

 村の老人、トビは屈強な男だ。齢70歳とは到底思えない筋肉に、ふくよかな腹。白髪の混じった黒髪は、年の流れを確かに思わせた。

「網、準備完了です!」

 トビに元気よく話しかける少年は、ユウ。

 ユウはトビとは正反対で、いつでもどこでも元気に振る舞う少年だ。

「よーし! 行くぞぉ!」

 トビが釣竿を握りしめる。

 釣竿は大きく放物線を描いて、獲物の抵抗を押し殺そうとしていた。

「ッッッ!! こいつ! 強い!」

「久しぶりの大物ォ!」

 バチャン!

 釣り上げられたのは、だった。

「「ええええええええ!?」」

 驚きで、空いた口が塞がらない。

 魚が釣れるのは分かる。ここはそういう場所だ。

 人間が釣れたことなんて、一度もない。

「あ、ちょ!? トビさん! 不味くないですか!?」

「……おおお、落ち着け落ち着けユウ。よ、良く見てみろ……コイツは……!」

 その人間は、赤子だった。

 どんぶらこどんぶらことでも言わんばかりに、赤子が流れてきたのだ。子供を覆っていた布に、釣針が引っかかった。

「……息はある。ただ……冷た! ユウ、タオル持って来い!!」

「はい!」

 トビの指示に従い、ユウは家に向かい走った。その間、老人は自身の服を脱ぎ、タオルがわりにして濡れまくった赤子の身体を拭いていた。

「ふぅ……急に赤ちゃんが釣れたから焦ったが、落ち着きを取り戻してきたぞクソッタレ」

 赤ちゃんはスヤスヤと眠っており、起こすのは憚れた。

「さて……村長に報告だ」

 正直に話して信用されるかは怪しいが、事実は事実だ。報告しなければ、変な疑いの目をかけられてしまう。

「しまった。ユウにサーラと村長を呼んでもらうべきだった」

 頭を抑え、後悔を念じるトビ。

「流れてきたと言う事は、捨てられたのか。戦傷川せんしょうがわって事は……まさか、『影』の人間?」

 戦傷川。この大陸を東西に二分する大川であり、北に戦傷湖を持つ。不干渉地帯だ。

 彼が考えていると、コツ、コツ、と足音が鳴り響いた。

 背後を振り向くと、そこには、季節外れのマフラーを纏い、巨大なコートを着込んだ男の姿。

「いや……ランド側だろう。『』では無さそうだ」

「ソルベ! いつから聞いていた?」

「オマエがその子を拭いていた辺りからだ。それに、その子には『』が刻まれていない」

 ソルベ。

 トビの親友にして、この村の警備を担当している。彼が最も信用できる人と言っても過言ではない。

「ム……それもそうだ。すまない、助かった」

「礼には及ばん。オマエはその子をどうする気だ」

 言葉と同時にトビが着ていた服と同じモノを投げつけた。受け取った彼は着込み、赤子を抱っこする。

「どうするも何も……この子は捨て子だ」

「ああ。それに右も左も分からぬ赤子。還した所で、リムザードに喰われるのがオチだろう」

 この村の外、少し歩けば巨大な山脈が存在する。その山脈には鳥のような怪物がうじゃうしゃと住み着いており、年々人を喰らって問題となっていた。

「だったら、迎えが来るまで、ワシが育てる」

「……フ」

 そうしろと言わんばかりに、彼は釣具を片付け始めた。困惑しているトビに、ソルベは笑って言い放つ。

村長じいさんにはオレが話をつけてやる。オマエはミルクでも買っておけ」

「恩に着る。我が友よ」

 風が吹く。少し肌寒い乾いた風は、木々を揺らし、ソルベのマフラーを靡かせた。

「ああ、一つ。名前は何だ?」

「ああそれな、拭いているうちに気づいたんだが……」

 そう言って彼はポケットから紙を取り出した。

 紙には文字が書かれており、少し読みにくいものの、彼が読むには十分だった。

「タ……ク……ト……タクトか」

「うむ。この子の名はタクトだ」

「良い名だ」

 タクト。

 それが、この子の名前。

 それが、夜衣の人生。新たなる名だ。

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