決死の逃亡


「あ……」

 身体の感覚が、曖昧になっていく。

 外と内、肉と骨が、バラバラになっていく。

 神経はズタズタに、意識は朦朧としていく。

「い……た……」

 自分の声ですら、遥か遠くに感じてしまう。

 手を伸ばそうとしても、上がらない。

 力が入らないみたい。どんなに頑張っても、ダメだ。

「ぁ……」

 そして、ボクの意識は途切れた。

 ダイバーの様に、深い水に沈んでいく様な感覚を覚えた。





「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

「追っ手は来るか? ごぶ! 大……丈夫か?」

 あるところに、2人。親子が居ました。

 白いフードに身を隠し、布で囲った赤子を抱えた母親らしき女性。

 反対に、黒いフードで身を隠し、血反吐を吐きつつ、女性を支える青年。

 雨に打たれ、森の中を駆けていました。

「ええ。貴方こそ」

「致命傷では無いものの……流石に堪えます」

 深い深い森の奥、『戦傷湖せんしょうこ』と呼ばれる湖で、座りこみました。

 女性の方に傷は無いものの、青年の方は腹部にパチンコ玉ほどの風穴が空いており、そこからが流れていました。

 青年はバッグから針を取り出し、

「ぁぁぁぁぁぁ!」

 傷口を縫い合わせました。

 勿論、麻酔なんてありません。激痛が彼を襲います。正直、死んだ方がマシな痛みです。

 滲み出る汗を舐め、歯を食いしばります。

「居たぞ! セイラ、及びテッセラを発見!」

 すると、彼らが駆けた方向から、大声がしました。声の方を振り向くと、そのには重厚な鎧を着用した兵士が10名ほど、剣を構えていました。

「っそ。何で今!」

 痛みに悶える身体を無理やり起こし、テッセラは苦笑いを浮かべました。そして、全身に力を込め、呟きます。

 その瞬間、兵士の1人が斬りかかりました。

 岩をも切り裂く雄叫びと共に、テッセラを襲います。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおあああ!!」

 ですが、その刃は触れる事なく弾かれ、

「おぉぉあああ!?」

 逆に斬りかかった兵士が吹き飛ばされました。

「「「「!!」」」」

 気に激突し、腰を揺する兵士。

 彼が腰を譲った瞬間、鎧が砕け散ります。

「は?」

 動揺する彼も、鎧と同様、見るも無惨な状態へと変化しました。

 一連の動作を見て、他の兵士は動けずにいました。

「どうしたァ!? 手負いの獣を狩るのがテメェらの仕事だろうがァ! かかって来い!!」

 怒気の混じった雄叫びは、兵士らを身震いさせるのに十分過ぎました。

「ごぶ」

 血反吐を吐き、敵を睨みます。

「行くぞ!! 我らが誇りにかけて!!」

「「「「「おお!!」」」」」

 ですが、彼らもその道のプロです。

 これぐらいで撤退など、彼らのプライドが許さなかったのです。

 テッセラは構え、迎え討たんとします。

 その刻、

「テッセラ!」

 セイラが叫びました。

 全員が、彼女を見ます。

 そして、「何をしている!?」と、テッセラが大声で聞きました。その一瞬、「が」テッセラの右肺が、刀によって貫かれました。

「舐めんじゃ……ねェぞ!」

 肺の返しと言わんばかりに、何度も兵士を殴りつけました。呆気なく粉々に砕け散った兵士を投げつけ、再度、拳を握ります。

(我が母の事だ……何をしようが、信じるのみ!)

 迷いは無くなりました。

 自分のやるべきことは、彼女の為に一秒でも時間を稼ぐ事でした。その為に、自分の命を捨てる覚悟を持ったのです。

「次ィィ!!」

 3人目を蹴散らし、また、血反吐を吐きました。

 もう、時間が残っていません。ですが、彼は動きます。そんなことは、初めからわかっていましたから。

「ごめんなさい、我が子テッセラ。ごめんなさい、我が

 テッセラは戦う。ひたすら拳を振り続けます。

「4、5人目!!」

 鬼神と成り果てた彼に、最早人数差など関係ありませんでした。

「多分、私たちはアナタに会う事はないでしょう。これが、最初で最後の母親としてできる事です」

 そう言うと、彼女は赤ちゃんを湖の上にそっと置きました。浮力が勝って、赤子は湖の上にプカプカと浮いていました。

「ダァ!!」

「さようなら、未来の子……よ」

 彼らの戦闘と、彼女の用事が終わったのは、同時でした。

「ご……ぶ」

 セイラの心臓が、刺されたのです。

 即死でした。その一瞬を逃さず、テッセラも心臓を刺されました。

 セイラの死体は湖に落とされます。

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 彼は最後の一秒まで、殺戮をしました。

 それは、兵士たちを全滅させる力でした。

 ですが、それは今際の際の力。全てを出し切った彼も、母親と同じく、湖に飛び込みました。



「託しました。未来の因果よ。どうか」

「どうか。我が弟に」

「どうか。我が子に」

「「幸せな明日が来る事を」」

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