第52話 権藤源造 二〇日前(七月一七日)

 源造が家に帰ると、室内は血みどろだった。


 窓は割れ、家具はグチャグチャ、床や壁はペンキをぶち撒けたように赤く染まっていた。


 源造はヨロヨロと奥の部屋のベビーベッドへ向かう。そこもまた、血でぐっしょりと濡れていた。


 突然、『試験』とやらが始まり、異様な大きさの蜂、『虐殺蜂ぎゃくさつばち』が現れ人間を襲い出した。奴らのせいに違いなかった。


 妻と子と孫を探すため外に出ると、パトカーが通りがかる。正面に飛び出し無理やり停車させ事情を説明するが、二人の警官はウザったそうにするだけで話を聞こうとしない。


 源造は頭に血が登り警官を殴りつける。こんなときの為に高い税金を払っていたのに、全く役割を果たそうとしない警官にはらわたが煮えくり返った。


 我に返ると、源造は警官二人を失神させていた。その腰にある拳銃に目が留まる。


 警官を放置し、拳銃とパトカーを奪う。体から出てきた【黒のスマホ】は以前のスマホ同様に操作でき、通話で仕事仲間と連絡を取り合流した。


 銃で虐殺蜂を狩った。蜂を倒すことで得られるポイントは、【黒のスマホ】内のゼノゾンで何とでも交換できた。源造はさらに強力なライフルを購入する。


 銃で蜂を殺し店から商品を略奪することを繰り返すうちに、源造の中で何かが変わる。家族を探すという目的も思い出さなくなっていった。


 広く安全な寝床を得るため学校を狙う。九弦学園高校という高校に目をつけた。多くの人間が逃げ込んでいた。若い女が選り取りみどりで、源造らは舌なめずりする。


 思わぬ抵抗があった。当真仁とうまじんとかいうガキが反抗してきたのだ。奴は言う。「お前は人殺しだ」と。


 源造が失神させ放置した二人の警官。彼らはもう蜂の胃袋の中だと指摘される。


 警官のことなど忘れていた。しかしこの状況下で外に放置すれば、どうなったかは明らかだった。


 自分の犯してしまった事に源造が愕然としていると、じんというガキが「人殺しの目になったじゃないか」と笑った。


 打ちのめされ、仲間と体育館から逃げる。警官を放置した場所に行くと、そこには赤茶けた染みが二つ残っているだけだった。


 体育館での悪事を撮影した動画が出回っていたせいで、警察や自衛隊が守る大きな施設には門前払いを食らった。蜂どもの攻撃が日に日に激しくなり一処に留まれず、転々と移動する羽目になる。


 安心して眠ることが出来ず、源造は悪夢を見るようになった。失神させ放置した二人の警官の夢だ。


 彼らは血だらけで命乞いをしてきたり、口汚く罵ってきたり、見てもいないのに虐殺蜂に串刺しにされたり食われたりしていた。恨みがましい目で呪詛じゅその言葉を吐かれ、源造は滝のような汗をかき目覚めるのだった。


 虐殺蜂から絶え間なく襲撃を受け、仲間は死んだり逃げたりした。源造は一人になった。


 起きれば虐殺蜂と殺し合い、眠れば警官の悪夢を見る。地獄だった。


 もう疲れた。終わりにしたい。不眠と疲労が限界に達した源造の目に、乗り捨てられたタンクローリーが映る。


(ただ……)


 と源造は思う。ただで死んだりはしない。一匹でも多くの虐殺蜂を道連れにしてやる。


 源造はタンクローリーに乗り込み、エンジンを掛けた。

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