第50話 八日目 八月六日 一三時四〇分(――:――:――)③
「……で、オレたちはアレを倒さにゃならんのか」
うんざりした。
ならし運転が終わったのか、虐殺蜂Lv3の動きが止まり、その場に静止する。
(さて……どんな攻撃をしてくるか――)
注視しているとLv3は羽ばたくのを止め、重力に任せ落ちてくる。ここから何をするのかと探ってみるが、そのままだった。
「あ」
理解した時には遅すぎた。
ただ落ちてくる。ビルほどの大質量のものが遥か上空から。
Lv3が消防車を二台押し潰し、次いで突き上げてくる地響と突風が全身を叩く。浴びせられる砂利にオレはバランスを崩し倒れる。
――【危険感知】
視界が暗くなる。鉄板が頭上に舞い上がっていた。
当たる。しかしスキルで軌道が予測できても、片膝をついた状態では
両腕で頭をガードする。死んでたまるか。
「あ?」
ドンッ、という衝撃。体が浮き、地面を転がる。
すぐそばで甲高い落下音が響いた。
「……年下の女の子に押し倒されて、カッコ悪いねセンパイくん」
オレの上に馬乗りになった綾が妖しく微笑む。突き飛ばして鉄板の直撃から守ってくれたのか。
「た、助かった」
「どういたしまして」
綾に手を貸され立ち上がる。
見回せば、Lv3の攻撃の余波で飛ばされた鉄板はかなりの枚数だったようで、車両に突き刺さったり下敷きになっている者などが数多くいた。地面に鉄板を敷いたことが完全に裏目に出ていた。
「立て直せ! 放水を続けろ!」
スクラップになった車に乗ったままのLv3に、無事な消防車から高圧の水流が浴びせられる。飛行能力を奪えないまでも、上空に逃れられるのを少しでも遅らせるつもりか。
次いで自衛隊員、警察官らが羽を集中的に銃撃する。
「……効いてる?」
羽に銃弾に耐えるほどの強度はないようで、ボツボツと穴が空く。Lv3は嫌がるように身を捩る。
「よし! 一枚切ったぞ!」
無数の銃弾を浴びせられた羽が千切れ飛ぶ。すぐに隊員たちは二枚目に取り掛かる。一二枚ある羽のうち穴の空いていない羽は一枚もなかった。
(何だコイツ……弱くないか?)
恐れていたほどの強さではなかった。このまま地表に留めておけるのなら、案外簡単に勝てるのかもしれない。
と、Lv3がゴロンと寝転ぶ。
寝転ぶと、巨大な腹部で頭部と胸部が隠れる。銃弾を撃ち込むも、弾力のある腹部に威力を分散させられるのか表面で弾かれてしまう。
大きな腹部が、大量の空気を送り込んだかのようにさらに膨張する。
(なんか……見たことあるな)
バラエティ番組で風船を膨らませていき、破裂させる罰ゲームのシーンが思い浮かんだ。
どこまで大きくなるのか、二倍ほどに膨れ上がり、本当に破裂しそうだ。一体なにをする気だ?
「――ッ! 伏せろぉ――っ!」
「わっ!」
察したオレは綾を掴み、地面に倒れ込む。
腹部の中心、以前は毒針があった箇所が開く。
そこから液体が噴出。直線上にあった消防車に命中すると、ドロドロとアイスクリームのように溶ける。
さらにLv3は寝たままゴロゴロと転がり、不規則に溶解性の液体を撒き散らす。
「っ、っ、っっ」
当たらないまでも
Lv3の腹が萎み、攻撃が止んだ。校庭にあった車、ゴールポスト、鉄棒などが溶けている。また体を溶かされ骨を剥き出しにし、悶えている者が多数いた。
「目がシパシパする」
様々に入り混じった刺激臭に涙が出る。
「は、早く脱いで!」
オレの下から這い出てきた綾がボロボロになったシャツを脱がし、傷口にポーションを塗ってくれる。背中に触れられるのは不快だが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「ごめんね……」
「お前も助けてくれただろ?」
綾から渡されたシャツに袖を通す。
他の皆は無事だろうか? だが白煙で視界の悪くなった状況では確かめられなかった。
「…………やる、しかないか」
目を向けると綾が頷く。
再び腹が膨らめば、また溶解液を吐き出されるだろう。今が攻撃のチャンスだ。
酸の沼と化している腹部正面を迂回し、Lv3の側面から接近する。Lv3がオレと綾を察知し、頭がこちらに動く。
Lv3が体を起こす。羽を広げるが、どの羽も銃撃の穴だらけだった。が、その穴がみるみるうちに塞がっていく。
(超再生能力は変わらずか)
超再生能力はLv2から引き継いでいるらしい。完全に元通りになった一二枚の羽が大きく掲げられ、羽ばたこうとする。
「させるか!」
上空に逃げられたら負けだ。オレは刀を抜き疾走速度を上げ、逆に綾は停止する。
引き絞られ、放たれた綾の矢が三連射。それに
「っ!」
羽ばたきの風圧が体を打つ。Lv3の羽ばたきが生んだ風は強烈で、もろに食らったオレは、矢もろとも空中で壁に阻まれたように力を失う。
羽ばたく度に吹き荒れる強風。地面に落ちたオレは木の葉のように風に弄ばれ、Lv3に近づくことさえできない。
「わ、わわっ!」
綾も同じように飛ばされる。体重が軽いせいか、大きく体勢を崩していた。
「後輩っ!」
お互いに目一杯伸ばした手を掴み抱き寄せる。立っていることも出来ず、二人で小さくなる。
嵐のような風が止み瞼を開くと、Lv3は遥か彼方。巨大な体を浮き上がらせる為のエネルギーもまた巨大で、羽ばたきで生じる風圧はまるで嵐のよう。結局オレは、奴に触れることもできなかった。
「これは……詰んでないか?」
また空からLv3が降ってくる。
運良く直撃を免れても、破壊された物の破片が飛んでくる。攻撃しようにも浮上するときに生じる暴風で近づけない。
またLv3が降ってくる。まるで弾数無制限の爆弾を相手にしているような状態だった。
校庭が爆心地のようになり、車の残骸や瓦礫、怪我人や虐殺蜂の残骸で悲惨な有り様になる。
「センパイくん、なんか変だよ……」
攻撃が止み、Lv3は空にあった。目が良い綾が、オレには米粒のようにしか見えないLv3の変化を感じる。
「離れて、いってる……?」
向きが変わり、Lv3は別方向へ移動しているように見えた。その方向には…………
「まさかっ!」
綾と共に走る。ひん曲がった鉄板を飛び越え、怪我に呻く人間たちを無視し階段を駆け上がる。
視界が現れた体育館が――――潰れる。
ガラス片やコンクリートの塊が砕け飛んできて、鉄の門扉がオレたちを飛び越え後方に落ちる。Lv3の巨体が体育館を押し潰していた。ビルほどもある体を空から落下させ、体育館を圧壊させたのだ。
「ビアンカ……アンジェ……」
この最終試験の内容は『
(負けたのか? これで、終わり……?)
オレは呆然と体育館に体をめり込ませたLv3を見つめ続けた。
と、倒壊した体育館の裂け目から誰かが出てくる。義円と、ビアンカだ。
「叔父さん! 生きてたのっ!?」
「お、お前は叔父を何だと……ゴホゴホッ!」
「
理乃、それに誠也と騎士が走り寄ってきた。無事だったのか。
理乃が手早く義円とビアンカの傷を止血する。ビアンカは気を失っているがかすり傷程度。しかし義円の出血はひどく、頭に巻いた包帯が赤く染まる。
「ビ、ビアンカさんを……」
義円は息をするのも辛そうだ。
「分かった」
オレはビアンカを抱き上げる。
「…………どうする気?」
「逃げるんだよ」
オレがビアンカを抱えたまま走り出すと、後ろで「ええっ?」とマヌケな綾の声が聞こえた。
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