第49話 八日目 八月六日 一三時四〇分(――:――:――)②

 と、虐殺蜂の群れに変化が。放水の届かない上空まで全体が退避し始めたのだ。


(逃げる気か?)


 いぶかしんでいると、グルグルと渦を描くように群れが回転を始める。


 数千もの大群が作る渦は徐々に速度を上げ、まるで黒い竜巻のようになった。不吉な気配と不快な唸りが肌を震わせる。


「なにを……している?」


 意図は読めないが、悪寒で背筋が冷たくなる。


 黒い竜巻の中から何かがボトリと落ちてきた。地面に横たわるそれは、腹に大穴を開けた虐殺蜂Lv1。それがボタボタボタと落ちてきて、何十、何百と積み重なっていく。


「まさかっ!」


 オレは【黒のスマホ】を取り出し、山となった死骸を撮影。それをゼノゾンで売却してみる。


『この虐殺蜂は黒核こくかくを破壊されているため売却できません。処分するためには七万ポイントが必要となります。処分しますか?』


 歯噛みしゼノゾンを閉じる。黒核が破壊され売却できない。それはおそらく……


「後輩、誠也、アレを攻撃できるか?」


「あの高さは……届かないかな」


「俺も無理だけど……何で?」


 弓と遠投のある綾と誠也に一縷いちるの望みを託したかったが、二人にできないならやれる手立ては無い。ただ呆然と空を見上げることしかできなかった。


 校庭にゴミ山のように降り積もる虐殺蜂の死骸。やがてLv2までもが落下してくる。


「センパイくん……何が起こってるの?」


 空を指差し叫ぶ者、銃撃を繰り返す者、意味が分からず首を捻る者、様々な反応を示す中、綾は不安のこもった口調で問いかけてくる。


「この『試験』は、ゲームみたいだよな……」


 唐突に始まったこの適格者てきかくしゃ選定試験せんていしけん。ゼノンは『試験』を行うにあたりゲームを参考にしたと言っていた。


 人間側はポイントでスキルを強化したりアイテムを購入したりするスキル制のゲームで、虐殺蜂側は経験値でレベルアップするレベル制のゲームだと思い込んでいた。それは間違っていないだろう。だが、ポイントや経験値を得る手段は敵を倒すだけではなかったのだ。


「奴らは、味方を殺してレベルアップしようとしている」


 細く小さくなった竜巻が解ける。中心に残ったのは、白い体を傷だらけにし緑色の血に染まった一体の虐殺蜂Lv2だった。


 Lv2が絶叫する。長い長い叫びだった。まるで仲間の死を、同胞を殺さねばならなかった絶望を嘆いているような、そんな叫びだった。


 叫びが止むと、辺りがシンと静まり返った。


 パリッと卵が割れるような乾いた音。次いでLv2の頭から背が一気に裂ける。そこから伸びてきたのは一対の羽。体長六メートルのLv2よりもさらに大きな、半透明の緑色の羽だ。


 さらにそれが二対、三対と現れ、最後には六対になる。六対の羽が左右に広がり、計一二枚の羽が羽ばたくと、頭部、胸部、腹部が現れ、古くなったLv2の殻を脱ぎ捨てた。


「これがLv3ってわけか……デカすぎだろ」


 虐殺蜂は、レベルアップによる体格の膨張が桁違いだった。二階建てアパートほどの体高だったLv2から、まるで雑居ビルか大型のパチンコ店くらいにサイズアップしていた。その大きさは、ざっと一八メートルくらいか。


 Lv3は胸部の前面に六枚、背面に六枚ある羽を動かすと、新しくなった体の具合を確かめるように飛行した。


 体形はスリムだった以前とは違い、ずんぐりとしたフラスコのようで、歪なまでに腹部が膨らんでいた。まるで破裂寸前の水風船のような腹部は、動きに合わせグニャグニャと形を変えている。


 オレはその姿に見入ってしまう。あれ程の巨大な生物が飛び、曲がり、不意に止まっては落ち、また上昇する。大空を自由自在に飛び回るその様は、まるで太古の昔に絶滅してしまった翼竜のようで、その雄大さを目にしている感動を抑えることができなかった。それはオレだけではないようで、他の人間も様々な表情を浮かべ、空の覇者じみた虐殺蜂Lv3に心を奪われていた。

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