第37話 四日目 七月二五日 〇八時四九分(06:03:11)②

 バイクは四台。オレとあや以外は一人一台だ。


「各自バラバラに! 互いの位置を常に確認すること! 事故るなよ!」


「「「了解ッ!」」」


 オレに応じ、五人で拠点の駐車場に入る。駐車場には多くの車が止まっているが、大型複合施設の駐車場なだけあって数十台の車が駐車されていても、なお広いスペースがあった。


 四台のバイクがエンジンを唸らせ縦横無尽に駆け回ると、拠点の内部に出入りしていた虐殺蜂が動きを止め、注意を向けてくる。


「いけるか?」


「もちろん」


 後ろの綾が体の向きを変え、オレと背中合わせになる。複合施設と平行にバイクを走らせると、こちらの様子を伺うように虐殺蜂の視線が集まっているのが分かった。


 シャンッ、と綾の放った矢が一体の虐殺蜂の眉間を貫き、張り付いていた外壁から地面へとその身を落下させる。


「お見事」


 オレの称賛から間をおかず、虐殺蜂が一斉に羽を震わせる。数百もの虐殺蜂が飛び立ち、黒い雲を作る。複合施設の内部にいた奴らも合流してくるせいで、それはより大きく厚いものになった。


「ハハッ! ヤッバ!」


 虐殺蜂の群れがまるで黒い龍のごとく、オレたちを食い殺そうと迫ってくる。オレはバイクをターンさせ、アクセルを全開にする。


 群れは巨大だが、バイクの速度を増すごとにその距離が開いていく。熊ほどもある虐殺蜂の最高速度は高く見積もっても時速五〇キロほど。バイクのスピードと機動力には遠く及ばない。追いかけっこはバイクの圧勝。それは後ろの綾にとっては有利すぎるシチュエーションだ。


 高速で移動するバイクから流れるように矢を放ち、綾は次々と虐殺蜂の息の根を止める。


 速度で上回り一方的に攻撃できるのだが、綾を除く騎士、誠也、理乃は遠距離からの攻撃手段が無いので、バイクで注意を引き撹乱かくらんするくらいのことしか出来ない。なので綾一人がどれほど頑張っても、千を超える群れ相手には焼石に水だ。


(これでどれだけ時間を稼げるか……)


 オレは【黒のスマホ】を取り出しマップを呼び出す。まだ流岩ながれいわショッピングタウンの青い光点は光っていた。建物内部の人間は拠点クリスタルを死守している。


 自衛隊が来るまで、あと四〇分強。間に合うだろうか?


「ながらスマホ辞めて」


「大丈夫だって……ん?」


 画面に水滴がつく。雨か、と思ったら急に土砂降りになる。


「うえっ!?」


「ちょ、バカっ!」


 タイヤが滑りコントロールを失う。慌てて車体を立て直し、ギリギリで転倒を免れる。


「何で急に……」


 バイクにブレーキをかけ空を見上げたら雲一つない青空。雨は止んでいた。


 そして次に雨が降り注いでいたのは、空を飛ぶ虐殺蜂の群れだ。群れは雨を浴び、飛行を維持できなくなった個体から高度を下げていく。一塊ひとかたまりになっていた群れが雨を避け、散り散りになる。


 群れを追尾する雨の後に虹が架かっていた。オレは背中にしがみついていた綾と顔を見合わせる。


 【黒のスマホ】が鳴る。通話だ。画面をタップする。


『無茶しすぎだ、高校生』


「本田一尉。これはあんたの仕業か?」


 雨を生み出していたのは一台の消防車。その傍らにいるのが忠伸だろう。


『バイクをすっ飛ばして、近隣の消防署から拝借してきた。じきに他所からも集結する』


「一時間かかるはずじゃ?」


『それは協力を取り付けている消防の話だ。この近くの消防とは連絡がつかんから、直接確認に行って使用できる車両をかき集めてきた。それよりも、なぜ勝手に交戦している?』


 口調は穏やかだが、スマホ越しでも忠伸の怒りが伝わってきた。許可を得ない無鉄砲な行動に怒り心頭といったところか。


「ご覧の通り、この拠点は陥落寸前だ。少しでも時間稼ぎになればと思ったんだが……意味なかったか」


 何台もの消防車が到着し始め、ホースを消火栓に接続し放水を開始する。ずぶ濡れで藻掻く虐殺蜂を、自衛隊員が銃撃していく。統制されたその動きに危なげはなかった。


『とにかく、お前たちは下がって後は自』


 突如、消防車が宙を舞う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る