第36話 四日目 七月二五日 〇八時四九分(06:03:11)①

 偵察にはオレ、あや騎士ないと誠也まさや理乃りのの五人。いつもの固定メンバーだ。


 五人それぞれにバイクで移動する。流岩ながれいわショッピングタウンには、二〇分もかからずに到着した。


 流岩ショッピングタウンは、千葉県最大にして全国二位の巨大ショッピングモールだ。行政の開発で新たに『新流岩しんながれいわタウン駅』が新設され、東京ドーム五個分の敷地にある様々な店舗に年間五〇〇〇万人が訪れ賑わう、と理乃に教えられた。それが今や……


「これは…………ダメだな」


 オレは皆が思っているだろうことを代弁する。


 バイクを降りたオレたちは、新流岩タウン駅の二階デッキからショッピングタウンを一望した。そこから見えたのは、黒煙を上げる建物から続々と虐殺蜂が出入りする様だった。


 マップを確認すると、まだ人間側の拠点を示す青の光点は灯っていた。建物の奥で粘っているのかもしれないが、ここが陥落するのも時間の問題に思えた。だから巣の方を攻撃をしようと言ったのに。


「よせ」


 オレは虐殺蜂ぎゃくさつばちに弓を向ける綾を止める。


「あの高さから落ちたら、確実に死ぬぞ」


 飛んでいる虐殺蜂は人間を抱えていた。射落いおとせば虐殺蜂と共に墜落死するだろう。もしまだ生きていればだが。


 まあ、ここで死ぬのと巣に連れさらわれるの、どちらがマシかと問われれば、オレはここで死んでおきたい派であったが。


「……っ……っっ!」


 綾が唇を噛む。感情が昂ぶっている時によくやる癖だが、唇から血が滲んでいた。


 虐殺蜂は、攻勢に晒されている建物の外に大量に集っていた。ゆうに千を超えているだろう。建物の屋根や壁にウジャウジャと群れる様はかなり気色が悪い。そんな大群相手に、たった五人でできることなどありはしなかった。


 理乃が流岩ショッピングタウンの状況を、【黒のスマホ】で自衛隊の本田忠伸らに報告する。


 オレがベンチに座ると、騎士と誠也が隣に来る。どちらも何もできない歯痒さが表情に滲んでいた。


「自衛隊が来るまでに、あと一時間はかかるそうよ。道路が以前と変わったせいで迂回しないとならないみたい」


「そうか」


 理乃からは明るい情報は聞けなかった。


 綾に目を移せば、空を行き来する虐殺蜂を睨みつけている。その眼光に殺傷力があれば良かったのだが、そんな力は無かった。


「あと一時間だとよ」


 声を掛けるが、プイッと綾はオレに背を向ける。まだショッピングタウンを見捨てようと言ったことに腹を立てているらしい。


「一時間は無理だな。三〇分保てばいいくらいか」


「…………」


 反論はなかった。綾も否定できないのだろう。


「三〇分を四〇分にする努力……してみるか?」


 こっちを振り向いた綾は、大きな目をさらに大きくしていた。


「やるか?」


「やる!」


 即答だった。声が聞けたな。


 次いでオレは他の三人を集め、考えを話した。


「――危険すぎるわ。それに効果があるとは思えない」


「あるかもしれないし、無いかもしれない」


「そんな適当な」


 発案者のオレがチャランポランなので、理乃は呆れ顔だ。


「俺はやるぜ」


「何かするとは思ってたんだよな……やるよ」


 騎士と誠也はやる気だ。一人反対する理乃を見る。


「あなた達…………本当に仕様がない子たちね」


 理乃は長い息を吐き、頭を振る。


「言っても聞かない子達よね……分かった。ただし拠点の光点が消えた時はすぐに離脱すること。残酷だけど、私はあなた達の命の方が大事。約束よ?」


 オレたちは教師の顔をする理乃に頷く。


「行こう!」


 真っ先に走り出した綾に続き、階段を降りる。バイクに飛び乗りエンジンを始動させる。


「後輩、後ろに乗れ」


「え?」


「運転はオレに任せろ」


「……うん!」


 短いやり取りで全てを察した綾は、オレのバイクの後ろに乗り込んでくる。


「あー……腰じゃなくて、肩を持ってくれ」


「? 分かった」


 綾に体勢を変えさせる。抱きつかれていると運転に集中できない。非常に残念だが。非常に残念なのだが。


「二人とも、もう良いかしら?」


「いいけど、何で?」


 理乃に綾がキョトンとする。理乃が悩ましげに眉間を押さえ、「そっちの教育はしてこなかったわ」と漏らす。


「いいから、しっかり捕まってろ」


「うん!」


 アクセルを回しバイクを出す。速度を上げ、虐殺蜂の襲撃を受ける拠点へ。

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