第35話 四日目 七月二五日 〇七時一五分(06:04:45)
校長室に呼び出された。
九弦学園高校の校長室は窓が大きく日当たりが良かった。朝食後だったので暖かさで眠くなり、欠伸が出た。そんなオレの思いに応えるように、ベッドにできそうなソファーが四つテーブルを囲んでいた。
「コラ、寝るなセンパイくん」
「寝心地を試したくなるじゃないか」
「ならないよ?」
綾に呆れられながらソファーで横になっていると、壁に掛けられた写真が視界に入る。
ズラリと並ぶ前任の校長らに睨まれているような気がしたので、欠伸で応えた。
「少し教育せねばならんようだな?」
奥の椅子で、手に顎を乗せている
「その教育で、この『試験』に合格できるなら喜んで受けるが?」
「口の減らんガキだ」
義円が鼻を鳴らす。
「まあいい。自衛隊の本田忠伸
義円の【黒のスマホ】から、作戦内容のデータが転送されてくる。オレは寝転がりながらそれをザッと流し読む。
「……早くないか?」
開始時間が明日の早朝四時。それもここからかなり遠い。
「なので前回の参加者に通達を出し、今から移動する。今晩は彼らの用意した宿で休むことになる。ああ、現場までの道路は放置車両を移動してあり、車での通行が可能だ。ルートはそこにある通りだ」
データに地図があり、赤いラインでルートが示されている。この『試験』で出現した山や川なども描き加えられており、しっかりと調査されたことが伺われる。
「……早くないか?」
変化した地形を調べ、ルートを割り出し、障害物を取り除くのがこんなにも早く済むものだろうか?
「
綾と義円が笑い合う。二人はそれで通じ合うようだが、オレにはサッパリ分からなかった。
「虐殺蜂の八つの拠点を比較した結果、その拠点が最も脆弱かつ攻略が容易という結論に達したそうだ」
「ちょっと待ってくれ」
オレは義円の話を
千葉は広い。この九弦学園高校から最も遠い虐殺蜂の拠点をマップで検索すると、その距離は一〇七キロ。車でも二時間以上かかる。上下左右に長いこの千葉県に点在する八つの敵拠点を、第二次試験が始まって五日足らずで調査できるものなのだろうか?
この疑問を投げかけたオレに綾が一言。
「空挺団だからねぇ」
と頷くだけだった。自衛隊の第一空挺団に所属する本田忠伸は普通のオッサンに見えたのだが、そんなとんでもない部隊の一員なのか? オレにも分かるよう説明して欲しかった。わりと舐めた口を叩いたので、身の危険を感じないでもない。
「おや? 噂をすれば」
卓上のスマホが鳴る。忠伸からだった。
「どうしたのかね、本田一尉?」
『九弦綾くんをお貸し願いたい』
「ボク?」
綾が自らを指差す。唐突だったが、忠伸の声は上擦っていた。
「姪を? どうしてかね?」
『
オレは舌打ちする。先を越されたか。
『ショッピングタウンから通報がありました。すぐに救助へ向かいますが時間がかかります。なので距離の近いそちらから偵察役を出していただきたいのです』
「それで姪をかね。ああ見えて、一応女子高生なのだが」
「一応って何?」
綾が義円を睨みつける。
『彼女なら出来ます』
現役の自衛官から、綾は高評価を受けているようだ。
「ボク、やるよ」
綾は上機嫌に二つ返事する。
「待て」
綾が偵察役になりそうなところで、オレは横槍を入れる。
『何だ? 忙しいんだ、黙って――』
「見捨てよう」
オレの発言に全員が黙った。
『…………何だと?』
「見捨てようと言った。元々、ショッピングタウンはこちらとの協力を断っていた奴らだ。助ける義理はない」
『お前っ! よくもそんなことを、』
「最後まで聞け。マップをよく見てみろ。流岩ショッピングタウンの側に、虐殺蜂の拠点があるだろう? 多分ショッピングタウンを襲撃しているのは、そこの奴らだ」
『お前、まさか』
忠伸がオレの意図を察知する。
「虐殺蜂がショッピングタウンを攻撃している間に、オレたちはその拠点を落とす。仮にショッピングタウンを破壊されたとしても、拠点数で七対七の五分にできる」
既にこちらは後手を踏んでいる。ならばそれを逆手に取る。
敵がショッピングタウンに攻撃を集中させている間に、虐殺蜂が出払って守りが薄い巣を叩く。上手くいけば時間も犠牲も最小限で済むはずだ。
「冷酷だな……だが一理ある」
「そんなっ!」
賛同を示す義円のように綾は割り切れないようだ。
『だが、我ら自衛隊には国民を守るために存在する。助けを求める彼らを無視することなど、』
「出来てないだろうがっ!」
今更
「もう何十万人も死んでいる。そのせいで第一次試験に負けた。出来もしない理想のせいで第二次試験に負ければ、オレたちは全滅だぞ? そんなの冗談じゃない!」
忠伸は、まだ組織の理想で動こうとしていた。しかしオレたちが直面しているのは、第二次試験という生死をかけた現実。拠点制圧というルール上、重要なのは拠点の防衛と破壊であって人命ではない。この現実を受け入れずに理想を語るのは、滑稽でしかなかった。
「その案は浅慮であるな」
義円が、オレをジロリと見つめてくる。
「第一に、ショッピングタウンの近くの巣から虐殺蜂が攻めて来ているというのは、憶測でしか無い」
「だから偵察に行くんだろうが」
自衛隊が到着するまでの間に、オレなり綾なりが偵察を済ませておけばいい。そしてこの憶測は間違っていないだろう。わざわざ虐殺蜂が、遠方の巣から労力をかけて攻撃を仕掛けてくるとは考えづらいからだ。
「第二に、その巣に放水による飛行妨害策を実行できるかが不明だ」
「それは認める」
消防車で放水しようにも、消火栓やら防火水槽やらが無ければ長時間の放水はできないそうだ。しかし策を使わずとも、ビアンカの【スキル・ブースト】を受けたオレたちと自衛隊の銃撃があれば、五〇〇体くらいの虐殺蜂なら
「なら、ショッピングタウンは大丈夫なのか?」
「ショッピングタウンは、その名の通り大規模
「使えるか確かめたのか?」
チクリと突いてやる。事前準備の無い強行軍にアクシデントは付きものだ。義円は仮面のような笑顔を作ったまま何も言わない。
「第三に、食糧問題」
「食糧問題?」
意外な単語にオレは聞き返す。
「この理由のわからん『試験』が始まり
言われてみれば、ここのところレトルトのカレーや缶詰ばかりだ。ポイントで購入することもできるが、できる限りポイントは使いたくないというのが義円ならずとも本音だろう。
「分かった、従う」
オレは白旗を挙げた。メシは大事だ。
「スマンな」
義円が苦笑いをする。
「本田一尉、こちらは纏った。偵察を出そう。後のことは任せてもよろしいか?」
『……ええ、感謝します』
幾分気落ちしたように忠伸は応え、通話を切った。
「見損なったよ、センパイくん」
「あ? 何だって?」
言われて呼び止めたが、綾は振り返ること無く校長室を出ていった。
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