第38話 四日目 七月二五日 〇八時四九分(06:03:11)③
鉄の塊である消防車が、映画のワンシーンのように高く跳ね上がる。それが重力でゆっくりと下降していく様を目で追っていたが、地面との激しい衝突音に我を取り戻す。
「本田一尉っ! 無事かっ!」
『あ、ああ……大丈夫だ。一体なにが…………』
幸い、忠伸は無事なようだ。
「センパイくん、あれ」
この事態を引き起こしたであろう存在を、綾が指差す。
それは六枚の緑色の羽を優雅に動かしながら上空に静止していた。白と黒とが
オレはソイツが何か、直感的に理解した。
「ゼノン、あれは何だ?」
【黒のスマホ】へ問う。
『その情報を開示するのに、一万ポイントが必要です』
ポイントを取るのか。だが安い。大した情報ではないということか。
「払う」
ポイントの残高が減る。
『では説明いたします。あれは
予想通りの答えだった。よくよく考えればオレたちが虐殺蜂を倒すことでポイントを得られるように、虐殺蜂も人間を倒すことで何かを得られなければ不公平だ。要は人間はスキルアップで、虐殺蜂はレベルアップで自身を強化する仕様になっているらしい。
そういえば、倒した虐殺蜂によって獲得ポイントが異なっていた事があった。これがその理由か。
「移動するぞ」
虐殺蜂Lv2は滑るように空を移動すると、別の消防車の上で止まる。放水の届かない高さだ。
Lv2は羽を畳み、回転し始める。回転速度が見る間に高速になっていく。
「あ」
さっきは釘と評したが違う。あれは……
Lv2が下降する。高圧の放水を受けても意に介さず落下速度を速め、消防車に衝突。車体をくの字に
次いで起こったのは先程見た光景。別の消防車が宙を舞った。信じられない事に地中をくり抜いて移動し、地面から飛び出してきたのだ。
「ドリルかよ…………」
笑うしか無い。元の虐殺蜂とは比較にならない変貌だ。
上空から弾丸のように降下し車を貫いては、地中を掘り進んで再上昇し空へと逃げる。これでは攻撃のしようが無い。作戦の要である放水車をただ破壊されるばかりであった。
(あれはどうしようも無いな……なら)
オレは背中に抱きついていた綾と共にバイクを降りる。一瞬、このままおんぶしていたい衝動に駆られたが、鋼の意志で剥がして地面に降ろす。
「どうするの?」
綾に答えず再びバイクに飛び乗ると、そのまま発進させる。
「あ! また一人で行く!」
綾の文句を無視し【黒のスマホ】から刀を取り出す。手近にいた虐殺蜂――レベルアップ前のLv1を、バイクのスピードを乗せた刃で斬り裂く。刀の
深い傷を与えるが、即死はさせない。もう死を待つばかりの虐殺蜂が苦痛で悶える。
(さあ、お前がそっちに掛かりっきりなら、お仲間たちがどんどん死んでいくぞ?)
これは虐殺蜂Lv2への挑発だ。例え挑発に乗ってこなくても、やがて水濡れ状態から復帰する敵の数を減らすことができる。
Lv2が方向転換、こちらへ飛んでくる。
(かかった)
バイクを走らせつつ、負傷した消防士に肩を貸す忠伸と目を合わせる。
Lv2を倒す算段など無かった。
ここはもうダメだ。オレが時間を稼ぐから撤退を――という思いを視線に込めた。忠伸が苦々しく頷くのを見て、速度を上げる。
「手加減してくれよ?」
真上に来たLv2に頼み、鵺鳴を噛み支える。ストレージに収納したい所だが、オレのギフト・【刃の祝福】は刃物を装備してないと発動しない。不便なことだ。
高速回転したLv2が、大気を切り裂きながら落下してくる。バイクを左に倒しこれを回避。
――【危険感知】
「ふぁふぁってるっ!」
スキルが警告すると同時に右へ。直前までいた場所から土を撒き散らしながら弾丸のようにLv2が飛び出してくる。
(土の中だと、どこから出てくるか分からんな)
視認はできないが、【危険感知】のスキルが有効なので辛うじて回避できる。
二度、三度と攻撃を躱すうち、オレはあることに気づく。
(コイツ……仲間を避けている?)
Lv2は、同族が近くにいない時を見計らって攻撃を仕掛けているように思えた。試しにあえてLv1の間をジグザグに走行してみると、上空で回転するのを止め、羽を広げて静止する。
随分と仲間思いなことだ。オレはその優しさに付け込み、水濡れで飛べないLv1の集団から付かず離れずの距離を保つ。攻撃は来なかった。
「
名を呼んだのは忠伸か。見れば無事な消防車に乗り、窓から腕を出しドアを叩いていた。
「撤収だっ!」
作戦に参加した者の乗車が完了したのか、その声を合図に車が発車していく。オレもそれに続き、駐車場の出口へ向かう。
Lv2が空で回転を始めるが、オレはバイクのアクセルを全開にしていた。出口までは穴も瓦礫などの障害物も無い一直線。絶対に追いつかれることはない。
エンジンが唸りを上げバイクが加速。ミラー越しのLv2が、見る見る内に小さくなっていく。
――【危険感知】
「は?」
ドリル状の針が背後にあった。
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