第33話 三日目 七月二三日 一五時二八分(07:20:32)

 オレたちは拠点きょてんクリスタルの破壊に成功した。


 ただ巣の破壊を手作業で行ったため、かなりの時間を要した。これで人間と虐殺蜂ぎゃくさつばちの保持する拠点の数は八対八の同数。これは喜ばしい成果だったが、喜んでいる者は誰一人としていなかった。


 万戸まんど総合病院の院長室。そこに院長の多島総一郎たじまそういちろう、自衛隊の本田忠伸ほんだただのぶ、警察の川原行人かわはらゆきと、そして九弦くづる学園高校からやってきた九弦義円ぎえんと九弦あやと、おまけのオレ――当真仁とうまじんがソファーに揃い、鎮痛な面持ちで座っていた。


 扉がノックされ、生田賢治いくたけんじが入ってくる。


「失礼します……」


 賢治は入室したものの、入口のところで固い表情のまま立ち止まる。


「生田先生、とりあえず座られてはいかがか?」

「ああ……そうですね」


 義円に勧められ、賢治は総一郎の隣に腰を下ろす。


「こういう時、『良いニュースと悪いニュースがあるが、どちらから聞く?』とか言うんですかね…………」


 うつむいたまま、賢治が冗談ともつかないことを口にする。


「良いニュースから言ってくれ」


 オレは戦闘の後に救出作業を行い、疲れ果てていた。それが無駄でなかったという確証が欲しかった。


「良いニュースは、救出した全員が生きているということです」


 意外だった。虐殺蜂の巣から助け出した人間の肌は青白く冷たかった。てっきり死んでいるとばかり思っていたのだが。


「悪いニュースは?」


 聞きたくはないが聞かねばならない。これを聞いたらグッスリと眠りたい。


「悪いニュースは……彼ら全員の体内に、卵が植え付けられていたことです」


 これにこの場の全員が息を呑み、天を仰いだ。


「そっちのパターンか……」


 映画か何かで見たことがあった。都合の良い展開を期待していたが、そうはなってくれなかった。


「ある種の寄生蜂きせいばちは、麻痺毒まひどくを注入した獲物に卵を産み付けますが、虐殺蜂もそのタイプのようです」

「つまり腹の中で……?」

「ええ……体内で卵が孵化ふかし、宿主を食料にして成長するでしょう」


 虫が腹の中で生まれてはらわたを食われるなんて、最低最悪の死に方だ。


「卵を取れませんか?」


 綾の問いに賢治は首を振る。


「内臓に根を張るように癒着しています。剥がすとなればかなりの出血が伴いますが、輸血のストックも手術するスタッフも足りていません」


「そんな……」


 綾が俯きながら唇を噛む。


「じゃ、ゼノン先生に聞いてみるか」


 オレは【黒のスマホ】を取り出す。


 あの拠点で討伐した虐殺蜂の数は二六九一体。一体三万ポイントなら、八〇七三万ポイント。手間はかかるが賢治のように解体し、『黒核こくかく』を摘出して売却すれば一体一〇万ポイントで二億六九一万ポイント。ここはポイントさえ払えば何でもできるゼノン先生の出番だ。


「ゼノン、虐殺蜂の卵を除去するのに何ポイント必要だ?」

『はい。一人当たり一〇〇〇万ポイントです』

「い……っ!?」


 高い! 高すぎる! 最大でも二六人しか救えないではないか。


「ゼノン、内訳を教えてください」


 賢治が冷静な口調で問う。


『はい。卵の除去に一〇〇万、損傷した内臓の修復に八〇〇万、喪失した血液の補充に五〇万、その他細かなことに五〇万ポイントです』

「どうしようもありませんね……」


 賢治が眉間を押さえる。自分で出来ることは代替しようとしたのだろうが、手出しすることが出来なかったようだ。


「もっと安くしろ」

『受け付けておりません』


 ゼノンは絶対に値切りには応じようとはしない。


 今回、虐殺蜂の巣から救出したのは四六三名。そこでオレ達は救出作業を中断した。


 巣の虐殺蜂は倒したが内部にはその幼虫が多数いた為、やがて他の虐殺蜂が奪還に動き、襲撃される恐れがあったからだ。


 あの巣の中には今も救出できなかった人間が幼虫と共に置き去りにされている。その数がどれほどか見当もつかなかった。


 そして残る八つの虐殺蜂の拠点。そこにある巣も同様だろう。何千、何万の人間が生きたまま虐殺蜂の苗床なえどこにされていて、オレたちにその全てを救うことはできない。


 何かが聞こえ隣を見ると、綾が泣いていた。何もできない自分が悔しいのか、ポロポロと涙を零している。その横顔に、頭ではないどこかが痛む。


「ゼノン、質問だ」

『答えられるかどうか分かりませんが、質問するのは自由です』


 皆の視線がオレに集まる。


「オレたちはこの『試験』に敗北すると消滅する、だったな?」

『その通りです』

「なら虐殺蜂に勝てば、逆に虐殺蜂全てが消滅する。当然その卵も消える。そうだな?」

『その通りです』


 綾が濡れた目を向けてくる。任せとけ。ここはオレの口先三寸くちさきさんすんが役に立つ。


「卵を産み付けられた人間はまだ生きている。が、卵が消えれば大量に出血し、死んでしまうのではないか?」

『そうなるでしょう』


 さて、ここからが勝負だ。オレは唇を舐める。


「それはおかしい」

『何がでしょう?』

「この『試験』は、オレたち人間と虐殺蜂に対してだ。それ以外がその生死に関わってはならない。違うか?」

『その通りです』


 綾がオレの狙いを察しハッとする。


「なら、やはりおかしい。卵を消すのは人間じゃない。お前だゼノン。お前が卵を消すせいで人間が死ぬ。それはこの『試験』の公正さを損なうんじゃないか?」

『……………………』


 常に即答のゼノンが初めて沈黙した。ゼノンの沈黙を固唾かたずを飲んで見守る。


『確かにあなたの仰る通りです、当真とうま。ではあなた方人間が勝利し、虐殺蜂とその卵を消去した時点で生存している人間は、元の状態に戻すと約束しましょう』

「やった!」

「ふぐっ」


 狂喜した綾が抱きついてくる。


「偉い! 偉いぞセンパイくんっ!」


 綾が抱きつき、背中をバンバンと叩いてくる。その胸の中に強く抱かれ、頭がクラクラした。


『当真仁』


 ゼノンから話しかけてきたことに驚く。


「感謝する、なんてのは妙だが……ありがとう」


 オレは礼を述べたが、ゼノンからの反応はなかった。


 怒ったかな? とヒヤリとしたが、気にしてもオレにはどうすることもできない事だった。

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