第32話 二日目 七月二三日 〇六時〇〇分(08:06:00)③

『一時間経過。【スキル・ブースト】の効果が終了します』


「とと……」


 いきなりガクンと力が抜け、オレは膝をつく。もう一時間経ったのか。体に力が入らない。脱力感がすごい。


 【スキル・ブースト】の代償か、全身が酷い筋肉痛のような状態になる。指を動かすことすら億劫おっくうだ。


「お疲れ」


 頭がタオルに包まれ、ワシャワシャと拭われる。


「残りは他の人に任せよ? 巣からはもう出てきてないし、ちょっと休憩だ」


 あやが微笑む。綾も濡れていた。水滴の滴るその姿にオレは見入ってしまう。


「ん? どうしたの?」

「いや…………何匹倒したのかと思って」


 綾から目を離す。辺りは、土の色が見えないほどの虐殺蜂の死骸で溢れていた。最初は数えていた討伐数も、三〇を超えたくらいから覚えていない。


 オレはノロノロと【黒のスマホ】を取り出す。


「ゼノン、オレは何匹倒した?」

『あなたの虐殺蜂ぎゃくさつばち討伐数は、三四七体です』

「そんなもんか」


 秒殺していたつもりだったが、移動に時間を食ったせいで一秒一殺とはいかなかった。それでも一体で三万ポイントだから……ざっくり一〇〇〇万ちょいだ。ウハウハだぜ。


「言っとくけど、山分けだからね」


 ニヤニヤするオレの内心を読んだか、綾が言う。


「は? 何でだよ?」


 オレがやっつけたんだから、全部オレのもんだろ。


「当たり前でしょ。この巣を調査して、消火栓の位置と放水の射程を計算し、人員と消防車を配置して、作戦を周知させたのはキミ? 違うよね。多くの人達が影で努力してくれたからこそ、キミの活躍できる舞台が整えられたんだよ?」


 したり顔でのたまう綾が鼻につく。


「いや、それでもこっちは命がけでだったんだ。全額とはいかないまでも半分くらいは、」

「ワガママ言うな!」


 綾がビシッと指を指してくる。


「ボクだって、ボクだって戦いたかったのに、消防士さんの護衛に回ったんだ! センパイくんも我慢しろ! ズルいぞ、あんなに楽しそうに戦って! ボクもそっちが良かった! ズルい……ズルいズルいズルーーいっっっ!」

「はあ――?」


 ポニーテールを振り乱し、綾が理不尽にキレる。それはそっちの事情でオレには関係がない。


「む――っ!」

いたっ! やめろ!」


 綾がポコポコ叩いてくる。コイツは軽く叩いているつもりだろうが、叩き方が格闘技経験者のそれなので骨の髄まで衝撃が響いてくる。しかも全身の筋肉痛で逃げられない。


「分かった! 分かったからやめろ! もうやめてください!」


 オレが観念すると、綾が叩くのを止める。


「ちょっとスッキリした」


 ニカッと笑みを浮かべた綾にオレは頬をヒクつかせる。やめてくれねえかな、暴力で人を言いなりにするスタイル。


「よし、視認できる範囲に奴らはいない。続いて巣の内部にあるクリスタルを破壊する!」


 忠伸ただのぶの号令で、銃器を持った自衛隊と警察、それにスコップを担いだ男達が巣へ向かう。


「ほらセンパイくんも。コレ飲んで」

「まだ働かせられるのか……」


 もう疲れたよ、と呟きながら綾に手渡されたポーションをあおる。ポーションの効能で全身をさいなんでいた倦怠感けんたいかんが消える。ポーションは本当に万能だが、肉体の限界を超えての労働を強制することが可能になっていた。オレのような怠け者にとっては由々しき事態であった。


「立って。行くよ」


 綾に引っ張り起こされ、オレはのそのそと巣へ歩いていく。


 既に巣へと到達している者たちからは銃声も無いし、【危険感知】に反応も無い。おそらくあの巣にはもう、虐殺蜂は残っていない。


 そんなオレの予想に反し、どよめきと悲鳴が上がったので、オレと綾はすぐさま走り出す。


 人垣を作る自衛隊員と警察官を掻き分ける。輪の中心には崩された巣の残骸があり、開けられた穴からは内部が見えていた。


「あー……はい。…………はい」


 そんな声が出てしまったのは、ある意味で想像通りの事態だったからか。


 蜂の巣の六角形の仕切り。確かハニカム構造とかいうのだったか。その六角形の穴の一つ一つに、人間が詰め込まれていた。


 この『試験』では多大な犠牲者が出ているというのに、どこにも死体が見当たらない。やっぱり巣へと持ち帰っていたのだな、とオレの中の冷淡な部分が納得する。


 オレは上へと視線を上げる。まるで高層マンションのように巨大な蜂の巣。これは虐殺蜂のベッドであると同時に貯蔵庫でもあるのだ。この中に納められている人間の数を想像し、寒気がした。


「救出、しよう」


 綾の蚊の鳴くような声に、オレは落ちていたスコップを手に取った。

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