第31話 二日目 七月二三日 〇六時〇〇分(08:06:00)②

「――放水開始ッ!」


 快晴の空から、雨が降る。


 雨は勢いを増して虐殺蜂ぎゃくさつばちに降り注ぎ、雨に打たれた虐殺蜂は見る間に速度を低下させ、地面へと落下する。


 雨を降らせたもの。それは消防車による放水であった。森周辺の消火栓は生きており、消防車に積まれた二〇メートルのホースを二〇本繋げれば四〇〇メートルになる。それが五台ここへと放水し、天候を雨へと変えていた。


「成功だっ!」


 歓声が上がる。


 解剖が趣味の生田賢治いくたけんじが考えた作戦は至極単純。虐殺蜂を濡らすというもの。奴らは熊のように大きいため、濡れてしまえば飛行状態を維持できなくなるというのが賢治の予測だった。それが見事的中した。


「本田さん、回り込んで来るよ!」


 綾の指し示す先には、雨を回避した虐殺蜂が。


「消防士を命がけで守れッ!」


 忠伸ただのぶが叫ぶ。


 ホースが四〇〇メートル伸びるとはいえ、その先端のノズルを操る人間が居るのは現場。消防士を守るため、自衛官と警察官が周りを固めていた。


 消防士は襲い来る巨大な敵の群れに僅かな怯えも見せず放水を操作し、虐殺蜂の飛行を妨害する。日々の訓練と実戦の賜物か、肝の座り具合が常人の比ではなかった。


 オレは【黒のスマホ】のストレージから刀を抜く。


 放水は有効だが、ここ一帯を完全に雨とする力は無かった。飛行する群れに放水を向ければ、外れた箇所は晴れる。そうすれば濡れた虐殺蜂も復帰してしまう。その前に数を減らさねばならない。


 駆け出そうとした時、横から手が差し出された。


「……任せとけ」


 オレはビアンカの手にタッチする。


『【スキル・ブースト】により、全スキル効果が二倍になります。効果時間は一時間です』


 【黒のスマホ】が通知。内から力が湧き上がってくる。


「がん、ばって!」


 次から次へと人がビアンカとタッチし、【スキル・ブースト】の効果を得ていく。触れれば触れるほど、通常の倍速で動ける精鋭が増える。


騎士ないと誠也まさや、競争しないか?」

「いいねぇ!」

「付き合いますか!」


 オレの提案に二人が賛同する。この第二次試験でも、討伐数のカウントは継続されていた。ということは終了時点でのランクによってボーナス・ポイントが得られるはずだ。競争すれば、もっとやる気が出る。


「三人ともズルイぞ!」

「真面目に! 遊びじゃないのよ!」


 消防士の守りに回された綾が不平を漏らし、理乃りのが叱責する。それを聞き流し、オレは疾走する。


 先陣を切るオレに続き、討伐に参加する者達が雄叫びを上げながら一斉に駆け出す。


「まず一つ!」


 地面で泥だらけになりモタモタしている虐殺蜂を、刀で輪切りにする。


 濡れてたっぷりと水分が纏わりついているせいで虐殺蜂の動きは鈍重そのもの。熊のような体を細い六本の脚では素早く移動させることができず、まるで亀のようだ。一秒で一匹狩れる。秒給びょうきゅう三万ポイントのおいしい仕事だ。


「お?」


 一〇匹ほど狩ったところで気づく。音が鳴らない。


 オレの手にある刀・鵺鳴ぬえなきは、振ると不快な音を鳴らすが、今は聞こえなかった。濡れたことで刀身の笛のような穴が塞がったのか。


 都合がいい。他人に配慮して距離をとっていたが、これなら気にすることはない。周囲の虐殺蜂を狩り尽くしたので、味方が集まっている所へ駆け戻る。


「ああ! お前っ!」

「早い者勝ちだ!」


 誠也が手間取っていた獲物を横から叩き斬る。討伐数のカウントはトドメを指した者に上乗せされる。この競争にルールは無用だ。


(さて、次は……)


 全体を見渡してみる。案外、討伐が進んでいなかった。虐殺蜂はろくに動けない状態なのに、攻撃に躊躇している者達が多い。


「ぶっ叩けっ!」


 オレの張り上げた声に何人かの男が目を向けてくる。


「コイツらは図体がデカいだけでもろい! 叩けば簡単に倒せるぞ!」

「よ、よし!」


 男の一人が、地面を這う虐殺蜂に金属バットを叩きつける。外皮がいひへこみ、緑色の体液が吹き出る。


 それでいい。オレは負傷した虐殺蜂を、横合いから一突きする。


「…………へ?」


 ポカンとする男に、オレはニヤリと歯を見せる。早い者勝ちなんだって、この狩り場は。


 虐殺蜂の群れが放水を避けながら散らばるせいで、水濡れから復帰する個体が出始める。羽を羽ばたかせ水滴を飛ばし、体を軽くすることで宙に浮き出していた。まずはコイツ等から片付けるとしよう。


「セィ……リャアアアアッ!」


 空気を震わすような気合と共に、理乃が空中にいた虐殺蜂を蹴り落とした。そして間髪入れず地面に転がった所を踏み抜く。長身ではないが足の長い理乃の蹴り技は、濡れ光る様も相まって芸術的ですらあった。


 さらに上手いのは木や岩などの障害物へ虐殺蜂を蹴り飛ばしていることで、激突のダメージも相まって、虐殺蜂は体の中身をぶち撒けていた。


(これは奪えないか)


 オレは理乃から獲物をかすめ取ることを諦め、目を左右に配る。


 空中に浮き始めている奴、こちらに背を晒している奴を優先して刈り取っていく。


「センパイくん! 狙われてるよ!」


 綾の一声にグルリと首を巡らすと、何十体もの虐殺蜂の複眼と視線が絡む。ヘイトを集めていた。目立ちすぎたか。


 ここは逃げの一手。放水の雨が降る場所へひた走る。


 虐殺蜂が追ってくるが遅い。飛べはしても頭も胴体もぐしょ濡れのままでは、【スキル・ブースト】とギフトの恩恵でスピードアップしているオレには追いつけない。そして放水地帯に入れば、そこは水濡れで行動不能になった虐殺蜂の憐れな群れ。入れ食い状態のボーナス・ステージだ。


「ハハハッ!」


 熱くなった体に雨が気持ちいい。ずぶ濡れになった髪も服も気にせず、虐殺蜂を一刀のもと断つ。


 チャリン、チャリンと、オレの頭の中で万札がフィーバーする。


(ありがとう! お前たちは! オレの札束だ! 本当にありがとう!)


 オレは感謝を刀に込めて、虐殺蜂の首をね飛ばす。


「えっぐぅっ」「笑ってるよ……」「イかれてんな」


 誰かがオレを不気味がる。いいのか? そんなことをしている内にオレがお前らの分も狩ってしまうぞ?


「センパイくーん、次あっちー。その次は向こうねー」


 綾が、消防士が放水する先をオレに知らせてくれる。若干操られている感もないではないが、放水の真下が最も美味しい狩り場なのに違いなかった。


(狩る、狩る、狩る! ポイントゲット、ポイントゲット、ポイントゲット!)


 嬉々としてオレは虐殺蜂を狩り続けた。

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