第28話 二日目 七月二二日 一五時〇九分(08:20:51)
胸のうちにあった殺意の衝動も、体を洗い、洗濯されて綺麗になった制服に袖を通せば幾分マシになった。
最低限の清潔さを取り戻したオレと
やはり医者という職業は儲かるのか、広い室内の調度品は高級そうで、ソファーは柔らかくありながらもしっかりとした弾力で尻を包みこんでくれた。滑らかな表面を手で擦りながら、これに指で穴を開けたいという欲求がムラムラと湧き上がってきた。
「後回しのような形になってしまい、大変申し訳ない」
『いえ、お気になさらずに。私でもそうします』
汗を拭いながら謝罪する
ここ院長室に義円は居らず、綾の【黒のスマホ】から音声通話での参加だ。
自衛隊と警察は、残り八つの拠点うち六つに人員の配置を完了させていた。
だが本来の所属である
しかし、流岩ショッピングタウンはこの扱いに不満を抱き、非協力を宣言し連絡を断ってしまったらしい。
現在、院長室に居るのは六名。万戸総合病院の院長、多島総一郎と
いや本当に何でオレがここにいるのか分からない。
「先程も申し上げた通り、残された八つの拠点のうち六つは、自衛隊と警察の配備が完了しております。九弦学園高校と流岩ショッピングタウンにも編成と説得が済み次第、人員が派遣される予定です」
忠伸が発言する。
「やあ、良かった! 自衛隊が守ってくれるなら安心だ!」
院長の総一郎が明るい声で手を叩くが、それに応じる者はいなかった。
『本田
スマホ越しの
『私達は第一次試験の敗退で、人口の三分の一が氷漬けにされました。それは自衛隊や警察も同様のはず。そんな状況下であなたは、守る拠点を六つから八つに増やすと言う。それは本当に実行可能なのですか?』
「それは…………」
苦虫を噛み潰したような顔の忠伸に、無理なんだなとオレは横目で見やる。
「人ならいるよ。ね?」
綾がこちらを向いてきたので、誰のことだろうとオレは首を逆方向へ動かす。が顎を掴まれ、無理やり元の位置に戻される。
「ね?」
笑顔の後輩女子に顎クイされるオレだった。思いのほか力が強い。
「ボクたち九弦学園高校は、この戦いに参戦します!」
綾の言う『ボクたち』にオレは当然のごとく含まれ、強制参加させられるのだろう。
「馬鹿を言うな! 君らは民間人、しかも高校生だろう! これはゲームではないぞ、死者も出ている。子供にそんな危険なことをさせられるかっ!」
「ゼノン、この第二次試験に負けたらオレたちはどうなる?」
『お答えします。既に第一次試験に敗北している千葉県民は、第二次試験にも敗北すると不適格が決定し、その存在の全てを消滅させられます』
「一人残らず?」
『はい。現在生存する五七五万一〇六四名全員が、この地球上から抹消されることになります』
減少数は緩やかになったが、また生存者が減っていた。無感情な告知のとおり、ゼノンは容赦なくオレたちを殺すだろう。
「だそうだ。オレたちはもう瀬戸際まで追い詰められている。違うか?」
第二次試験は
「使えるなら子供でも使うべきだ――例えどれほどの犠牲を出そうとも」
「しかし……しかしっ!」
忠伸は歯軋りする。損な性格をしている。責任や役割など、他の誰かや何かのせいにすればいいのに。
「あの〜……」
間の抜けた声で挙手したのは
「私の趣味は解剖でして」
「い、生田先生、今はそんな話どうでもいいでしょう!」
「虐殺蜂を解剖して、分かったことがあります」
「何ですって?」
忠伸が目を剥く。
「例えば、こういうのはどうでしょう――」
賢治が、己の腹案を開示する。
「やれる…………か?」
その秘策が的を得ているなら、最小の犠牲で勝利を収められる可能性があった。
「本田一尉、上に掛け合ってみましょう」
今まで沈黙していた川原行人が、忠伸の背を押す。
「…………分かった」
忠伸がようやっと納得する。
「ボクたちも準備しよう!」
『それを決めるのは私なのだが……』
重苦しかった空気が払われ、皆が慌ただしく動き出す中、オレは神妙な顔を作りつつも、何がどうなっているのかさっぱり理解していなかった。誰か小学生並みの知能のオレにも分かるよう、事の成り行きを説明してほしかった。
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