第29話 二日目 七月二二日 一七時ニ一分(08:18:39)
「…………バカなことをしましたね」
髪の無い頭、爪の無い指と歯の無い口にペンライトを当てた後、賢治が呟いていた。ビアンカは何も言わず曖昧な笑みを浮かべていた。
「マズイのか?」
オレが聞くと二人が振り返る。賢治とビアンカは少しの間、目を合わせた。
「一度に髪と爪と歯を失ったのです。マズくないわけがありません。発熱と各部の炎症、特に口内は消毒して抗生物質を処方します。それに鎮痛剤と……入れ歯が必要ですね」
「入れ歯?」
ビアンカは、【スキル・ブースト】というスキルをゼノゾンで購入するために、髪と爪と歯を全て売却した。歯が一本も無ければ、食事にも苦労するか。
「入れ歯はすぐに作れるのか?」
「専門家ではないので……ここに歯科医が避難してきていればいいのですが」
ここには数十人の避難者が集まっているが、そこに歯科医がいるというのは、いくら何でも都合が良すぎるだろう。
「ゼノン、ビアンカに合った入れ歯を」
オレは【黒のスマホ】に呼びかける。
『はい。ゼノゾンで一覧表を出しますので、ご確認ください』
ビアンカが袖を掴んできて、フルフルと頭を振る。
「大丈夫大丈夫。ボーナスポイント貰ったから。オレ、メッチャ金持ち」
第一次試験で討伐数が二位になり、五〇〇万ポイントある。さらに拠点のクリスタルの破壊で一〇〇万貰ったから、何でも買い放題だ。
鼻歌交じりに【黒のスマホ】を開く。が、そこで指が止まる。
「た…………」
高えっ! 部分入れ歯ではなく総入れ歯だと、上だけで二四万ポイント。上下を合わせると四八万もの大量ポイントが必要だった。八〇万なんてのもあるぞ。
「保険適用ならもっと安いのでしょうが……」
賢治が横から口を出してくる。
「ゼノン、保険が使えたりなんかは……?」
『適用外です』
ですよねー。そう都合よくはいかない。
ビアンカが頭を振る。オレはスマホをタップする。
『宜しいですか?』
「男に二言はねえ」
強がりだった。
スマホの上に白い歯とピンクの歯茎の入れ歯の上下が出現し、クルクルと回る。
人生で一番高い買い物が、まさか入れ歯だとは思いもしなかった。
「ほら」
ビアンカに入れ歯を突き出すと拒否しようとするが、「もう買ったんだ。お前がいらないから捨てる」と押し付ける。
「ビアンカさん。これはあなたに必要なものです。彼の好意を無下にしてはいけません」
ビアンカは賢治を見、おずおずと入れ歯を受け取る。
「あ、あいあお……」
歯が無いので言葉は不明瞭だったが、礼を言われたのは分かる。
歯が無くても髪が無くても、ビアンカの感謝の微笑みは良いものだった――と綺麗事を言って、オレは自らを納得させる。
「飯が食えなくて、病気にでもなったら迷惑だからな」
ビアンカの【スキル・ブースト】は、これから重要な手札になる。
「不器用なことです」
オレのことをフフッと笑う賢治に腹が立った。
そうこうしている間に綾と義円による作戦の参加者が決定する。賢治のスマホにも、自衛隊と警察らに賢治の案が通り、準備が整ったという連絡があった。
「明朝、作戦を開始する」
義円から作戦が通達される。
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